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遥かなるチェッカーの先へ  作者: 綾部 響
4.双頭のライダー
23/42

ちぐはぐコンビ

まだまだ実機には乗れない千迅たち1年生だが、その代わりVRマシンも含めたトレーニングに勤しんでいた。

仮想空間とは言え、実車と変わらないマシンを駆り競い合っていた。

 千迅や紅音たち1年生がこのVRマシンを使ってトレーニングをするのは、何もこれが初めてと言う訳では無い。

 最新式のバーチャル技術に対応した練習機という事もあって、この翔紅学園にも2台しか設置されていないが、それを優先的に新入生たちに使わせていた。

 そうする事で、実際にコースに出て実機を駆る事なく、比較的安全にこれから乗るマシンの予習を行える。

 そして更に特徴的なのは、ネットワークを駆使する事で他校の生徒と対戦出来るのだ。

 完全に匿名で登録するので実際の相手は不明だが、架空空間であっても対戦相手がいるのは、自分たちだけで走るよりも得るものが多い。

 参加者の殆どが1年生であり、実力にも大きな隔たりがなく、不慣れな者同士が伯仲のバトルを繰り広げるのはそれなりに緊迫感を与えてくれるものだ。

 そうした感覚が疑似的であっても、いわゆる「レース慣れ」に役立っているのはこのVRマシンの利点ともいえた。


「速水っ! ベストラインを取る事を心掛けてっ! 一ノ瀬は後続のラインを塞ぐ様にライン取りしないでどうするっ!」


「はいっ!」


「は……はい―――っ!」


 今も千迅と紅音は参加自由の「タッグレース」……2人1組という形式のレースに参加している。

 参加チームは全部で8チーム。16台のマシンがコース上を走っている事になる。

 通常の「スプリントレース」の様に、ただ自分が速く走れば良いというレースではなく、「タッグレース」は正しくチームワークが重要となるのだ。

 このレースを簡単に説明すれば、如何に自分のチームを速く走らせ、相手のチームの邪魔をするのか。これに尽きるだろう。

 単純に1人はトップスピードで周回し、もう1人は敵チームの邪魔をするようにブロックライン主体で走る事となる。

 しかし、ただ単に相手のマシンを邪魔してゆっくり走れば良いと言う訳では無い。

 予選タイムから算出された「最低周回タイム」は必ずクリアしなければならず、また先頭と後続でコースの1/4以上離されてはいけないという規定がある。

 しかも入賞はポイント制となっており、1位から100P、80P、60P、30P、10Pと振り分けられており、合計Pで順位を競うのだ。故に、2台がバラバラに走っていては入賞を狙うのも難しい。

 この競技で求められるのは、高いレベルでの走力と、様々な状況で臨機応変に対応し先行後行のどちらでも熟す事の出来る技術力なのだ。




「千迅、あそこでもっと相手を引きつけて抑えてくれないと。あっさり前に出られてどうするのよ」


 走行を終えた千迅と紅音が、他の部員のレースを見ながら、先ほどのレースの総評を行っていた。


「だって―――……。後ろから来た子……上手いんだもん」


 と言っても、内容は紅音のダメ出しに千迅が言い訳をするといったやり取りなのだが。

 彼女たち1年生がこの装置を使って練習しだしたのは、つい最近である。まだまだ不慣れであり粗が多いのも、それは仕方のない事であった。


「それでも、先行の私を生かさないでどうするのよ」


 しかし紅音にとっては、先ほどの結果が大いに不満であった。


 ―――結果(リザルト)。8チーム中……5位。


 タイムとしては双方ともにトップを狙えたものの、後行を任された千迅が悉くブロックに失敗し大きくペースダウン。

 それが原因で順位を落とした事が、紅音には腹立たしい……と言うよりも、歯痒いのだった。

 千迅の方にも言い分はあるだろうが、やはり敗けた原因を十分に理解しているだけに、口の中でモゴモゴと反論するだけで精いっぱいと言った処か。


「速水。今はダメな部分を問題にしても意味はないわよ。それよりも、早く慣れて色んな工夫を試す方が良い筈よ。それに、あなた達がタッグレースのメンバーになるかどうかも分からないんだから」


 下手をすれば口論になりかねない2人に、美里がやんわりと口を挟んだ。

 まだまだ言い足りない紅音であったが、確かにその場で口論している時ではない。実際に搭乗していなくても、同級生たちのライドを見るだけでも勉強になるのだ。

 対して千迅の方は、正しく助け舟を出されホッとしていた。


「はい……。すみませんでした」


 そうはいっても、紅音は全てを納得した訳ではない。

 渋々といった態で、彼女もそれ以上のダメ出しを切り上げたのだった。




 それから2日後。

 再び、千迅と紅音にVRレーシングを運転する機会が訪れた。

 因みに2日後だったのは、他の生徒たちが全員操縦を終えて、再び順番が回って来たからだ。

 新入部員全員が搭乗を終えるには、1日では少ないのだった。


「いい、千迅。ちゃんと後続をカットしてね」


 そして今回も、2人はタッグを組んでの走行となる。


「……う―――ん。がんばるぅ―――……」


 気合の入った紅音の言葉に対して、どうにも千迅は消極的だ。

 それも仕方のない事で、彼女はどちらかと言えば感性で走るタイプのライダーである。

 作戦として前走を生かす走行など、あまり得意とはしていなかった。


「一ノ瀬さん、速水さん。今日は、前後逆で走ってみなさい」


 いよいよバイクに跨ろうかというその時、そう提案してきたのは誰あろう本田千晶であった。


「えっ、部長!? でも……」


 突然の提案に紅音は勿論、千迅も絶句してしまっていた。それも当然で紅音が前走、千迅が後走であるのには明確な訳がある。

 それは言わずもがな、完走率の高さによる。

 どれほど後ろでライバルを阻止した処で、前を行く同僚が転倒したのでは意味がない。そして千迅は、圧倒的に高いリタイヤ率を有しているのだ。

 これではいくら紅音でも、部長である千晶に異議を唱えたくもなるというものなのだが。


「まぁまぁ、今は練習なのですから。色々と試してみないと、可能性というものは見えてこないでしょう?」


 反論しかけた紅音の機先を制して、千晶がやんわりと言い包めたのだった。

 部長という事を置いておいても、全国のライダーが羨望する千晶の言葉には、流石の紅音もそうやすやすと口答えなど出来ない。


「……分かりました」


 例え練習であっても負けたくない……。負けず嫌いを地で行く紅音だが、ここはこれ以上の反抗を呑みこんだのだった。




「良い、千迅。くれぐれも、転倒だけは止めてよね」


 前後のポジショニングを入れ替える事を了承した紅音だが、だからと言って千迅の腕前を信じた訳では無い。

 練習ではそれほどクラッシュも少ない千迅だが、ことレースとなれば完走する方が奇跡に近いのだ。彼女が念を押すのも当然の事なのだが。


「わ―――かってるって、紅音ちゃん。頑張ろうね!」


 紅音の心情などちっとも分かっていない千迅は、そんな軽い口調で答えたのだった。

 もっとも、千迅の気分が浮ついているのにも訳がある。

 前回は、とりあえず彼女なりにあれこれと考えて試行錯誤はしていたのだ。残念ながら、それが功を奏する事は無かったのだが。

 本来のスタイルと違う走りをすれば、少なからずストレスが溜まる。そこまでいかなくとも、消化不良で釈然としない気分になるものだ。

 前回の走りは、千迅にとってまさにそのような気分を齎すに十分だった。

 だが前を走るとなれば、気分的に随分とマシになる。

 少なくとも、一昨日の様にあれこれと考える必要はなく、ただ前方を向いてマシンを走らせれば済むのだから。……と、千迅は安直に考えていたのだが。


「一ノ瀬さん」


 据え置かれたバイクに跨り準備を完了した千迅に、千晶が近寄り声を掛けた。そして彼女はそのまま、千迅に何やら耳打ちをしたのだ。


「……え? それだけで良いんですか?」


 恐らくは千晶のアドバイスなのだろうが、それを聞いた千迅は素っ頓狂な声を上げて呆けた表情をしている。千迅にしてみれば、そんな事をする意味(・・・・・・・・・)が全く分からないのだから仕方がない。

 横でその様子を伺っていた紅音は、怪訝な表情でその様子を伺っていたのだが。


「それだけで良いなら、了解です!」


 その直後に千迅は、明るい顔になり千晶に了承していた。

 ライディングやレース運びであれこれと指示される訳ではない内容だっただけに、千迅のこの返事も頷けるものだった。

 一方でそんな2人のやり取りが気になった紅音だが、すでにその事を深く考える時間も、千迅に問いただす余裕も無かったのだった。

 何故なら、参加者が出そろったレースの登録が締め切られ、カウントダウンを開始していたからだ。


中々上手くいかない千迅と紅音のペアだが、まだまだ彼女達は試行錯誤の途中である。

千晶の提案で、その改変の一環が試されようとしていた。

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