E―Defect
陽子の誘いに、千迅と紅音はEVマシンへの搭乗を決めた。
その結果は……。
「……はぁ」
コースからピットロードにあるガレージに戻って来た千迅と紅音は、ヘルメットを取るなり同じ様に深い溜息を付いていた。
今里陽子の提案に乗ると言う形で、2人は当初気乗りしなかった電動バイクに試乗する事を決めた。
もっとも今は部活動見学会の真っ最中であり、希望者には試乗させる事もデモンストレーションの一環となっているので、別に千迅達が優遇された訳では無い。
それでも、この2人が搭乗する際に第三自動二輪倶楽部の部長でもある陽子が随伴するとなれば、その意味合いも大きく変わって来ると言うものだ。
そして3人は、陽子を筆頭に彼女に率いられる様にしてコースへと駆け出したのだった。
そして結果はと言えば、千迅と紅音が大きく付いた溜息に集約されていた。
「何か……全然走れなかったね……」
ただ単に疲れたとかショックを受けたなどと言うだけではなく、もっと違う……それまで抱いていたプライドや認識まで打ち砕かれた様な千迅の感想に、紅音は答える事も出来ずに項垂れていたのだった。
当たり前の話と言えばそうなのだが、彼女達は陽子に全く歯が立たなかったのだ。
それは、ただ付いて行けないと言うだけではない。
もっと様々なテクニックで……ライダーとしての技量で大きく上をいかれていると痛感していた。
「ふふふ……どうだったかしら?」
そんな2人に、マシンを格納して来た陽子が近付き声を掛ける。
その立ち姿、姿勢は凛として美しく、思わず千迅と紅音もその姿に魅入ってしまう程だった。
三年生と言う事もあり、更に成熟されたであろう彼女のボディラインが、ライダースーツの上からでもくっきりと浮き彫りになっている。
胸も大きいが、それでも常識外れに巨乳と言う事ではない。
ウエストも引き締まっているが、驚くほど細いと言う訳でも無い。
それなのに彼女の全体像は美麗であり、同じ女性から見ても艶めかしくあったのだ。
「ぜ……全然、分かりませんでした……」
そんな陽子の立ち姿にドギマギしながら、紅音は苦労してそれだけを絞り出していた。因みに千迅は、未だに陽子の姿を食い入る様に見つめている。
「そりゃあ、そうかもね。同じロードバイクと言ったって、その中身は全く別物なんだから」
そんな紅音の感想に、陽子は微笑み穏やかな声音で返した。
陽子の台詞には、紅音達を慮った気持ちなど全く含まれていない。
それでも紅音は、そして千迅もそうは取らなかった。……いや、取れなかったと言うべきか。
同じバイクを駆る者同士で、しかもロードレースを目的としているにも拘らず、明らかに別次元の走りを見せられればそう感じても仕方がない事だった。
もっとも、陽子の言っている方が正しく本当であり、紅音達がEVバイクの真価を発揮できなかったとて仕方の無い事なのだ。
電動駆動モーターサイクルは、その名の通りその全てを電気で制御している。
殆ど……ではない。全てを……である。
動力は勿論、アクセルやブレーキ、ギアの上下、コーナーワークの制御に至るまで。このマシンを前へと走らせる事に関して、電気制御の及ばない箇所は全く無い。
それはとどのつまり、ライダーの感性を必要とする部位が殆ど無いと言う事にも繋がっているのだ。
勿論、直線とコーナーの組み合わせで作られたサーキット上にて、そのスピードを競うマシンとして存在しているのだ。ライダーがコントロールする部分が多い事は間違いない。
しかしそれはエンジンバイクと比べれば遥かに少なく、だからこそその運転には大きな違いがあると言って良かった。
「……でも、このバイクってこんなに重いんですか? はっきり言って、ATSが無かったら倒れていました……」
陽子に質問する形で、それまで顔を赤らめて動きを止めていた千迅が思った事を口にした。
そしてそれは、このマシンと千迅達が扱うマシンとで最初に感じる違いであり……最も大きな差異であると言って良かった。
「そうね。まだまだ試作段階から抜け切れていないから仕方が無いんだけど……。市販されている小型EV車と違って、このロードバイク型にはフレームにまでバッテリーが内蔵されているからね。総重量で言えば、NFR250Ⅱの1.5倍はあるんじゃないかしら?」
顎に人差指を当て、考え込む様にそう口にする陽子の姿はやはり悩ましい。
「い……1.5倍っ!?」
それでも2人がそんな陽子の姿に目を奪われなかったのは、彼女が口にした数字が想像以上だったからだ。
ロードレーサーの命題となっているのが、何よりもその車体重量を軽くする事……所謂軽量化である。より軽くなれば扱いやすくなり、速度にも影響し燃費も変わる。
現在活躍するマシンの殆どは、パーツからフレームに至るまで、可能な限り軽くそれでいて剛性を損なわない工夫が日夜考えられているのだ。
だが骨格とも言えるフレーム内にもバッテリーを盛り込んでは、それを望むべくもない。
「そうよ。だから、ただ走るだけでも随分と燃費が掛かるし、長く走ろうと思うとより多くの電力が必要になるの」
そして今の技術では、少量のバッテリーで長時間の駆動は不可能である。
レースに耐えうる電力を確保しようとすれば、様々な部分に蓄電機能を持たせなければならなくなるのだが。
「それでも、ロードレースの様にスピードを競おうとすればこのコースの半分……ハーフコースで漸く20周って処かしら」
「そんなに……?」
それでも、現行のレースより遥かに短い距離を、少ない周回で競うしか出来ないのだ。
技術は日進月歩だと考えれば、そう遠くない未来には今のマシンと同等の走行距離を可能とするかも知れない。しかし今はこれが精一杯だと言うのだ。
「それに重いと、制動距離も変わっちゃうでしょ? タイヤとブレーキに掛かる負担も、これからの課題になるわね」
陽子の言葉に、千迅と紅音は先程の走行を思い起こして何も言えないでいた。
コースに出た千迅達は、それ程速度を出している訳でも無いのに何度も死ぬような思いをしていたのだ。
この試作電動ロードバイク「EVR150」は、排気量150CC相当のマシンとされているが、動力がモーターなので実際には排気を必要としない。
そしてその能力は、馬力、回転数を見れば千迅達が今後乗るであろう「NFR250Ⅱ」と比べても遜色がなかったのだ。
最高速度も、リミッターが働いているとは言え200Km/hを叩きだし、流石はロードレーサーとして造られたマシンだと思わせている。
ただしその重量やブレーキの効力……つまり制動距離、そしてバイクのバンク角など、とても同じロードバイクとは思えない違いを感じさせたのだった。
何よりも違ったのは、そのブレーキング距離である。
ライダーは、自分の感覚と経験で「これくらいの距離ならば減速出来る」と言った判断を下す。
よりバイクコントロールに慣れ親しんだものならば、その判断は高確率で間違いでは無く、それがタイムに直結して行くと言っても過言ではない。
何よりも、経験上「このポイントで減速すればコーナーを周る事が出来る」と思いブレーキングしたにも関わらず、思ったよりも減速出来なかった時の恐怖感と言えば、とても計り知る事など出来ない。
コース上のライダーは、一般道では考えられない様なスピードでコーナーに突入するのだから。
陽子の話は、それらの事を改めて説明する内容となっていたのだが。
「……せめて、走る前に言ってほしかったです……先輩」
その為に、思いもよらない恐怖体験をする羽目になった紅音は、どこか呆れた様な視線を陽子に向けて抗議とも取れる感想を口にするも。
「ふふふ……ごめんなさい。でも、体験してくれた方がより違いが分かると思って」
当の陽子に悪びれた様子はなく、眉根を寄せる紅音に向けてウインクしてそう言葉を返した。
そんな目を奪われる様な表情をされてしまっては千迅は勿論、紅音にもそれ以上抗議の声を上げられる筈も無い。
「また遊びに来てね」と言う陽子の言葉を背に受けて、千迅と紅音は第三自動二輪倶楽部を後にし、部活動見学会を終えたのだった。
多くの経験を果たして、2人の部活動見学会は終わりを告げる。
今はまだ、ただ様々なマシンを乗っただけと言う感が否めない2人だが、それがいずれ糧になる……かも知れない。




