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遥かなるチェッカーの先へ  作者: 綾部 響
3.速さの種類
19/42

極端セッティング

第五自動二輪倶楽部の部長である遠藤信乃に誘われ、千迅と紅音はバイクの試乗をする事になった。

型遅れとは言えレーシングマシンに乗れることを喜ぶ2人だが……。

「ええ―――っ! 良いんですか―――っ!?」


「良いんですか?」


 第五自動二輪倶楽部長、遠藤信乃の台詞に千迅は大喜びで声を上げ、紅音もやや驚いてそう反問した。

 そうは言っても今は部活動見学会の真っ最中であり、見学者が体験する様な催しものも少なくない。

 そうして体験してもらう方が、新たな部員の獲得も容易になると言うものだからだ。


「ああ、構わないよ。そうだな……折角だから、コースを回ってみるかい? ……コイツでね」


 ズラリと並べられたバイクに歩み寄りながら、信乃は一台のバイクに手を置いて2人にそう提案した。

 未だに基礎体力練習しかしておらずバイクにも中々跨がれない千迅と紅音にとって、この提案は実に魅力的であった。

 それに加えて更に。


「こ……これでっ!?」


「い……いいんですか!?」


 信乃が手を置いたのは「NFR250」。

 今現在では一線を退いてはいるものの、つい数年前まではサーキットを駆けレースに用いられて来た紛う事無きレーシングマシンなのだ。


「そりゃあ、良いに決まってるよ。ここはそう言う部活だし、今は見学者が自由に乗っても良いんだから」


 大袈裟とも思える驚きを露わとした千迅と紅音に、クスリと笑みを浮かべた信乃がそう答えた。

 しかし、信乃のサプライズはこれだけに留まらなかった。

 ……もっとも、信乃が2人をビックリさせようと画策していた訳では無いのだが。


「みんな―――っ! コース空けてくれるかな―――っ!? これから、ちょっと走るから―――っ!」


 バイクを囲んでそれを見ていた2人は、信乃の声を聞いて驚き彼女を見つめたのだった。

 今現在で行われているデモンストレーションとしては、コース上にパイロンで仕切られた楕円のコースを、思い思いのマシンを使って数周走らせると言うものだ。

 マシンによって使うコースは違えど、低速で走らせる程度の言わば子供だましと言ったものである。

 千迅と紅音もてっきりそのコースを使用すると考えており、信乃の提案は正しく寝耳に水と言って良かったのだった。


「マシン……走らせたいでしょ? 今設置されているコースだと物足りないでしょうから、この〝第一サーキット〟を何周かしましょう」


 何故かトントン拍子で運ぶ手際に、当の2人は唖然としてそれを見守っていた。

 千迅と紅音が可否を口にせずとも、コース上のパイロンが脇に寄せられてコース上が綺麗に開けられてゆくのだが、そうは言っても今は見学会の真っ最中で、幾人かの体験希望者も参加している。

 ホームストレート上は、半分だけ通れる様に片されたのだが。


 コースの準備は滞りなく済んだ。

 いつの間にか試乗体験に来ていた生徒たちもピットロードでコースを眺め、これから始まるエキシビションを見学するような状態になっていた。

 少なくない衆目を集める中、レーサースーツに着替え終えた紅音と千迅、そして信乃がその姿を現すと、何故か観衆からは拍手が沸き起こっていた。


「え―――っと……」


 そんな周囲の状況に、さしもの千迅もやや面食らって戸惑い気味だった。

 紅音に至っては、動揺から何処か困惑気味でもある。

 それも仕方の無い事で、レースが終了してチェッカーを受けたライダーが勝者の一周(ウイニング・ラップ)を走る時に拍手を貰うのは理解出来ても、ただコースに現れただけでそれを受ける事は想像出来なかったからだ。


「まぁ、ここは良くも悪くもそんな所なんだよ」


 呆然としている2人に向けて、信乃はどこかお道化た様子で声をかけた。

 この第五自動二輪倶楽部が他の自動二輪倶楽部とは違うと言う事を、千迅と紅音も知っていた。

 それでもこれ程緊張感を欠いた雰囲気と言うのは、2人にとっても初めての事なのだ。


「それでも、ここの連中はバイク好きばっかりだし、何よりも色んなレースに参加してる。レースの経験ならどこの部にも負けないし、実力だって引けはとらないんだけどね」


 信乃の言い方は、部の説明をしている様であり……挑発的でもあった。

 それを具に感じ取った紅音は、即座にその緊張感を最高潮に持っていくのだが。


「へぇ―――! 凄いんですね!」


 千迅の方はと言えば、信乃の言葉を素直に受け取り感心していたのだった。

 折角レースを行うと言う気分にまで高めた紅音だったが、千迅の言葉でその気も抜けている様子であった。


「あっははははっ! そうだよ―――。ここは結構凄いんだよ―――」


 そして信乃の方も、どこか楽しそうに答えていた。


「ねぇ、レースじゃないんだ。あんたら、バイクには乗せて貰えてないんだろ? ここで日頃の鬱憤を晴らすといいよ」


 ヘルメットを装着しながら、信乃はすっかり穏やかな声音で2人にそう声をかけ、早速バイクに乗る様に促した。


「はいっ!」


「はぁ……」


 先程からテンションが上がり目の千迅は元気よく、そしてすっかり毒気を抜かれた紅音も惚けたような返事を信乃へと返していた。

 そしてそのまま彼女達は、その眼に捉えていたマシンへと騎乗する。

 2人が選んだバイクは、言うまでもなく「NFR250」。その〝type3〟と呼ばれているバージョンのマシンだ。

 そして信乃の乗っているバイクは「NFR250」の〝type1〟。千迅達が選んだマシンのさらに2年落ちである。


 基本的にバイクは、殆ど毎年……場合によっては1年に数度、その仕様が変更される。

 そしてそんな中でも特に大掛かりなアップグレードが成されたものは、そのtypeが1つずつ更新される傾向にあるのだ。

 因みにマシン名称まで変更される場合は、フレームや外観から見直された完全に「別物」となっている場合が多い。

 兎に角、信乃の選んだマシンは千迅達よりもその能力……つまりは「戦闘力」に於いて、2世代分も下回っている事になる。

 仕様変更には多々あり、サスペンションやブレーキの変更からエンジンの一新まで様々で、一概に2年の開きがあるから確実に遅いとは言い切れない。

 しかし間違いなく改良が施されており、目につく欠点が改善されている筈なのだ。

 それを考えれば、走り出す前の段階から信乃のマシンは千迅達にアドバンテージを取られている事となる。


「まぁまぁ。レースじゃないんだから」


 笑みを浮かべて千迅達にそう説明する信乃だが、その表情は何処かしら何かを企んでいる風にも見える。

 そんな悪戯っ子の様な顔を見た2人は、どうにも怪訝な表情を浮かべていた。

 そして促されるままにマシンの背に跨り、エンジンを始動させた。


「それじゃあ、早速行くから。ゆっくり走るけど絶対にあたしの前に出ない事、良い?」


 普段レース中では使われない、ヘルメット内にセットされているインカムからそう説明する信乃の声が聞こえ、2人は頷いて答えた。

 それを確認した信乃は、ゆっくりと自らのマシンを発進させ、千迅と紅音も同じ様に静かにアクセルを開け追走しようとしたのだが。


「きゃあっ!」


 かなり優しくアクセルを開いた千迅だったが、マシンはその想像に反して急発進をしようとしたのだ。

 その意思に反して千迅のバイクはその前輪を持ち上げようとし、彼女は咄嗟にそれを抑え込む羽目になっていた。

 これは明らかに、極端でピーキーなセッティングになっている証拠であった。

 それに反して紅音の方は、どうにも首を傾げる進発となっていた。

 確かに、随分と慎重にスロットルを開いたのに違いないのだが、それでも加速が全然ついて来ていなかったのだ。

 これはどうにも、加速以外の方向に偏ったセッティングだと言える。


「あ、そうだ。言い忘れたけど、ここのマシンは全部遊びでセッティング組んでるから。ちょっと扱いにくくなってるけど、ゆっくり走るんだから問題ないわよね」


 千迅と紅音が四苦八苦している最中、またもインカムから信乃の声が発せられた。

 その声に悪びれた様子はなく、どこか悪戯が成功したように喜色ばんでいた。


 結局信乃達はコースを5周したのだが、その間千迅はマシンを抑え込む事で精一杯、紅音はどうにもスピードに乗らないマシンに悪戦苦闘して走行を終えたのだった。

 勿論、その間に前を行く信乃に仕掛けるなどと言う機会も訪れなかった。


「今だから言うけどね、一ノ瀬ちゃんのマシンは立ち上がり重視の特化セッティングだったの。どこまでコーナーでの立ち上がりの加速を高められるのか―――を、あたしたちで出来る限り弄った仕様になってたのよ。速水ちゃんのマシンは逆に、超高速セッティング。最高速度重視の機体だったのよねぇ―――。だから今回みたいにゆっくり走ってたんじゃあ、単にノロいマシンだったって訳」


 そして走り終えピットへと戻って来た後に信乃の口から齎された真実で、千迅と紅音が疑問を抱き苦労していた答えが明かされたのだった。

 それを聞いた2人は納得するとともに、脱力感に苛まれていたのだが。


「自分の走りに合ったマシンを見つける為には、時にはこんな偏ったセッティングにしてみるのも一興なんだよ。もしも何か試したい事があったら、いつでもここにきて良いからね」


 最後に信乃からそう言われ、千迅と紅音は笑顔で返事をしていたのだった。



普段試す事も無いだろう極端なセッティングを施されたマシンの操縦は、彼女達の良い経験となった。

そして2人は、残る最後の自動二輪倶楽部である「第三」へ向かう事にしたのだった。

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