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遥かなるチェッカーの先へ  作者: 綾部 響
3.速さの種類
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耐久レース

千迅たち新入生に向けて催されている「部活動見学会」が始まった。

余り気乗りしない千迅と紅音だが、美里に諭される形で色々と校内を周る事に決めたのだった。

 美里に促されて、千迅と紅音は部活動見学会に参加する事にした。

 翔紅学園には、様々な倶楽部が活動している。本当ならば、それらを見て回るだけで面白いものだろう。

 ただそれも、まだ明確に自分の所属する部を決めていない者にとっては……であり、既に他のクラブ活動に興味の無い2人にとっては、どの部活動も興味を引くほどの事は無かったのだった。

 ブラブラと校内やグラウンド、体育館を歩き回り、結局やって来たのはやはりと言おうか……レーシング場の有る区画であった。


「とりあえず……〝第二〟でも見に行く?」


 事ここに至ってしまえば、千迅としてもそう言う以外に意見が無い。そしてそれは、隣を歩く紅音も同様であった。

 因みに「第二」とは、自動二輪倶楽部所属の部員たち同士で通じる「第二自動二輪倶楽部」の略称でもある。

 2人は特に会話を弾ませていたという訳では無かったが、今まで見て回った運動系、文化系倶楽部に気の惹かれるものが無かったという気持ちでは一致していた。

 別にそれを声に出して確認しなくとも、短くない付き合いでそれを察していたのだ。


「……そうね」


 だから千迅の「仕方なく」と言った声音で向けられた問い掛けにも、紅音は気の無い返事を返したに過ぎなかった。

 特に紅音などは、明日もこうやって時間を潰さなければならないと考えると、つい口をつく溜息を止められない心境でもあったのだ。




「へぇ……。結構速いのね」


「うん! NFR50Ⅱよりも早いよ、全然!」


 ただし如何に他の部活動に興味が無いとはいえ、やはりバイクに携わる者としてはマシンの奏でる爆音を聞けば気分も昂る。

 そして走行している姿を見れば、テンションも上がろうと言うものだ。

 千迅と紅音は第二自動二輪倶楽部の演習が行われている第二サーキットへと来ると、その走りに惹かれる様に観覧席の最前列まで来て身を乗り出して見ていたのだった。


 一口にバイクレースと言っても、その形態は様々であり幾つにも分岐している。

 特にポピュラーなのは、千迅達が所属する第一自動二輪倶楽部の「スプリントレース」であろう。

 その名称通り、それはレースに個人として参加し、ただ只管にそのスピードと順位を競うものである。

 勿論、レースに参加するのにたった1人で……と言う事は無い。

 メカニックやメディカルチェックなど、ライダー以外に携わる者は実に多い。

 しかし最終的にはライダーの技能を競う場である事に変わりない。

 そしてその知名度の高さは、世界最高峰と位置付けられるWGPの人気を見れば一目瞭然と言って良かった。


 ただしそのスプリントレースにも、昨今では様々な形態が存在する。

「マッチレース」は1対1で走行するレースであるし、タッグレースはスプリントと違い2人で協力して速さを競うレースである。

 他にも細かく区分けされたレースが存在するのだが、第二自動二輪倶楽部の取り組んでいるレース形態は「耐久レース」であった。


「でも、大きいマシンだねぇ―――……。750CCくらいあるんじゃない?」


 目の前を走るバイクを目にして、千迅が目を輝かせてそう口にする。

 中等部まで自分達が乗っていた50CC、そして高校で乗る事となる250CCのマシンと比べれば、耐久仕様のレースマシンは一回りも二回りも大きなボディをしていたのだから、千迅がそう感想を漏らすのも頷けると言うものだ。


「そりゃあねぇ。市販マシンをベースにしてるんだから排気量が大きいのも、それに比例して車体が大きくなるのも仕方ないのよ」


「へぇ―――……」


 紅音は千迅よりも他のバイクレースに幾分詳しいのか簡単にそう説明し、それを聞いた千迅は感嘆の溜息で答えた。

 その余りに感心している姿が紅音の自尊心をくすぐったのか、彼女の舌は更に滑らかになって行く。


「でも、バイクって不思議よねぇ。排気量も車体も明らかにこっちの方が大きいのに、全体的なスピードで言えば第一自動二輪部で使ってる『NFR250Ⅱ』の方が速いんだから。もっとも私は、バイクのそんな所に……」


「ええっ!? そうなのっ!?」


 そんな紅音の台詞を遮って、千迅が大袈裟とも思える大きな声で疑問を投げ掛けた。

 紅音としては最後まで言い切れなかった歯痒さもあったのだが、やはり千迅がキラキラした目で詰め寄るのを目の当たりにして、彼女の期待通りの答えを口にする事としたのだった。


「……そりゃあ、そうよ。耐久レースで使用されるバイクは、改造されているけれどベースが市販のレース車か一般車。それに対して私達が乗っているマシンは、ただレースを走る為だけに造られた、所謂『ワークスマシン』なんですから」


「ほえ―――……」


 紅音の少し自慢げな回答に、千迅はまたまた心底感心したと言った声で反応したのだった。


 紅音の答えた通り、耐久レースで使用されるマシンは主に、一般人でも購入する事の出来る市販車か、やはり一般に市販されている(・・・・・・・)レース車(・・・・)に限られている。

 それに対してスプリントなどで使用されるマシンは、正しくレースを走る事だけに特化したバイクだと言って良い。

 そしてそれこそが、排気量を超えたパワーを絞り出し、スピードでも大きな差を生む要因と言って良いのだ。

 もっとも、バイクの楽しみをどこに見出すのかと言う点で、ただ純粋な速さだけを求めるだけでは無いと言う事に、紅音自身も明確に意識していた訳では無いのだが。





「ねぇ、あなた達。もしかして何処かの自動二輪部に所属してる生徒なの?」


 そんなやり取りをしていた千迅と紅音に、ピットレーンより呼び掛ける声があった。

 2人が眼下から聞こえた声の方へとその視線を向けてみるとそこには。


「あ、違ってたらゴメンねぇ。でも、聞こえて来た内容が何とな―――くそうじゃないかな―――ってね?」


 目を向けた千迅達に、何とも気さくで明るい笑顔を浮かべた女性がそう答えたのだった。


「は……はい! 私達は『第一自動二輪部』の部員です!」


 そんな気安い笑顔にあっさりと警戒心を解いた千迅は、これまたあっさりとその素性を明らかにしたのだった。

 別段、千迅と紅音がイリーガルな事をしている訳では無い。単に新入生として、部活動の見学を行っていただけだ。

 それでも彼女達は、もうすでに第一自動二輪倶楽部へと入部を果たしているし、他の部へと籍を移すつもりなんて更々無い。

 そんな考えが千迅は兎も角、紅音には脳裏にあり、すぐにその場から立ち去りたい心境へと陥っていた。

 もっともそんな紅音の心情など、当の千迅が察する等と言う芸当は出来ないのだが。


「へぇ―――……〝第一〟なんだ? それで今日は、他の部の見学?」


 ただ先方の方は、紅音たちがすでに部活動先を決めていると知っても、何らその態度を変える事無く接してくれていた。


「はい! でも、他に興味のある部活動って無くって……。つい、同じ二輪部の見学に足が向いちゃいました!」


 そして千迅の方も、そんな心理の駆け引きなど無縁な様に、至極普通に会話を続けていた。……いや、様に……ではなく本当に無縁なのだが。


「ふふふ。ふ―――ん……。同じ……かぁ……」


 千迅の返答を聞いたその女性は、何かを含んだ様な笑いを溢してそう呟いた。

 その女性の意味深な言葉に千迅は呆けた表情を浮かべ、紅音はどこか馬鹿にされたと感じたのかムッとした表情を浮かべた。

 それを察したのか、慌てて笑顔を浮かべたその女性が声を出した。


「ああ、ゴメンゴメン。まだ名前、言ってなかったよね? 私は『第二自動二輪倶楽部』部長の、杉崎瞳よ。宜しくね」


 ともすれば嫌な空気が立ち込めようかと言ったその矢先に、瞳が自らの名前を名乗った事によりその雰囲気は一掃されてしまった。


「あ……わ……私は一ノ瀬千迅です! 第一自動二輪部一年です!」


「……速水紅音です」


 千迅は兎も角として紅音の方も何だか肩透かしを食った感じとなり、千迅に続いて自己紹介を済ませていた。


「千迅ちゃんと紅音ちゃんかぁ……。良かったら、もう少し近くで見る?」


 そして何事も無かったかの様にそう誘って来る瞳に、千迅と紅音の方もさっきまでの雰囲気など忘れさせられてしまっていたのだ。


「えぇっ!? 良いんですかっ!?」


 驚きを露わにする千迅だが、その気持ちは紅音の方も同じだった。

 自分達が〝第一〟の部員だと知っても、まだ案内してくれると言うのだからそれも当然だろう。


「良いの良いの。今日は新入生が部活動を見学する日なんだから。それに、色んなものを見るのは良い事だって、先輩に言われなかった?」


 そして千迅に答える瞳の表情や声音は、何とも清々しいものであったのだ。


「は……はいっ! お願いしますっ! 行こう、紅音ちゃん!」


「う……うん」


 ズバリと美里との経緯を言い当てられ、更にはそれが今後に役立つかも知れないと言われれば、千迅と紅音にそれを固辞する理由など無かったのだった。


第二サーキットでデモンストレーションを行っているのは「第二自動二輪倶楽部」であった。

試乗を持ち掛けられた千迅と紅音は、興味を抑えられずにチャレンジする事になったのだが。

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