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遥かなるチェッカーの先へ  作者: 綾部 響
3.速さの種類
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部活動見学会

トレーニングに明け暮れる千迅と紅音だが、彼女達もバイクの事だけを考え鍛えればよいと言う訳でもなく。

彼女たち新入生が最初に行うイベントが近付いていた。

 当たり前の話ではあるが、ホンダ資立翔紅学園は私立学校でもある。

 その取り組みがレースライダーの育成に傾倒しているとは言え、それだけで学園運営が可能と言う訳では無い。

 中高一貫でありエスカレーター式の進学としていても、特待生制度を使用して全国より多くの少女達を招き入れているのだとしても、それだけでは経営が圧迫され破綻してしまうのだ。

 勿論、世界有数の企業となった本田技術工業の資金力を以てすれば、それは大きな痛手とはならないかも知れない。

 それでも事「経営」として考えるならば、リスクは少ないに越した事は無い。

 故にこの学園へ新たに入学する半数以上の少女達は、バイクレースに携わる事も無ければ、それ自体に興味も無いと言う者も少なくないのだった。




「あれ? 紅音ちゃんも、ここに来てたんだ?」


 今日と明日は千迅達新入生には部活動見学会が催されており、彼女達には部活動を休む様に言い渡されている。

 だから本当ならば千迅も……そして紅音も、デモンストレーションの行われる第一自動二輪部の使うサーキットに訪れる必要はないのだ。

 今日先輩の走りを見なくとも、いずれは間近で見せつけられる事は疑い様の無い事実なのだから。

 それでも千迅は……そして紅音も、自然とその足がサーキットへと向かい、今はその観覧席にいたのだった。


「まぁ……ね。他の部を見ても良いって言われても……ねぇ」


 珍しく……と言って良いのだろう、千迅の問い掛けにやや困惑気味な紅音がそう返した。

 そしてそれは、昨日千迅が紅音に漏らした言葉と全く同じ意味でもあったのだった。


 中等部での部活選択は、余程の事でもない限りは自由に選ぶケースが殆どだ。

 特に目的も無く単純に偏差値や知名度で選んだ者ならば、特定の部活動に入部する事はまず無い。

 ただしこの学園では中等部も高等部においても、全生徒が部活動に入部する事が課せられていた。

 だから大抵の生徒たちは、中等部時代に入っていたクラブへと入部するのが大体の流れだった。

 だが、如何にエスカレーター式で進級出来ると言っても、全員がそのまま進学するとは限らない。

 違う高校を受験した者もいれば、別の中等部から受験して入学して来る者もいるのだ。そしてその数は、意外に少なくはない。

 新しく翔紅学園へとやって来た生徒たちにしてみれば、この学園の部活動見学は是非とも体験しておきたい事であった。

 そしてこれも当たり前だが、翔紅学園にある部活動は何も自動二輪倶楽部だけではない。

 営利目的で経営されているのだから生徒の自由で部を立ち上げる事は出来ないが、全国的に知名度やら実績を残せる部は普通に活動している。

 女子野球部、女子サッカー部、女子テニス部に女子バレー部……。文科系も吹奏楽部やら書道部など、活躍が期待出来る部は複数存在していたのだった。




「う―――ん……。紅音ちゃんは、もしもバイクをやっていなかったら……何してた?」


 紅音の呟きを聞いた千迅もまた考え込み、今度はそんな質問を口にしたのだった。

 それはそのまま、千迅にも他に興味のあるクラブ活動が思い浮かばなかった事を意味する。


「私……? 私は……考えた事も無いわ。私に自動二輪部は合っていたし、バイクで誰よりも速く走ること以外にやりたい事なんて……」


「だよね―――……」


 紅音の答えは、やはり千迅と同じものであった。

 強要され苦痛を感じながら続けていたならばまだしも、それを心より楽しんでいる時に他の事を考える余裕など……と言うか、そんな事など考えすらしなかったのは仕方の無いと言える。


「どうする―――? 適当に回って来る―――?」


 そう問い掛ける千迅の方はと言えば、本当に投げやりな物言いで興味などなさそうだ。


「そうね―――……。」


 心情的には千迅と同じである紅音もまた、その気の無い返事を返していた。

 千迅も紅音も現状に……自動二輪倶楽部に所属している事に満足している。

 毎日バイクを操縦……とはいかないまでも、それに携わる部活動を行う事に充足感を覚えているのだ。

 そんな彼女達が何か別の部活動を見学して来いと言われた処で、何か他に興味の引く部活など無かったのだった。


「なんだ、2人共? まだこんな所に居たのか?」


 時間を持て余している2人に気付いた上級生の菊池美里が、作業の手を止めて声を掛けて近付いて来た。

 千迅と紅音はそれに対して、簡単に挨拶して彼女に応えたのだった。

 美里の方は気さくなその性格で上級生らしからぬフレンドリーさを見せているのだが、千迅や紅音にしてみれば2歳年上で2学年先輩なのだ。

 ましてや知り合ったのは入学後であり、未だ1ヶ月程度の付き合いでしかない。気安い態度など、流石に取れようも無かった。


「その様子だと、何の部活動を見に行こうか迷ってる……と言うか、他のクラブに興味がないから困ってるって処だな?」


 可笑しそうに笑みを浮かべた美里は、あっさりと千迅達の心情を見抜いた。

 美里にしてみればそれは自分達も同じだった事による経験則な訳だが、ズバリと言い当てられた千迅と紅音にしてみれば驚くに値する言葉だった。


「まぁ、その気持ちも分かるわね。なら、他の自動二輪部(・・・・・・・)でも見に行くと良いわ」


 そんな心情が表にも現れていた2人を見た美里が、上級生らしいアドバイスを与えた。ただしその提案は、千迅と紅音には持ち合わせていないアイデアでもあった。


「他の……自動二輪部……ですか?」


 すぐにその思惑を察する事の出来なかった千迅が、そのままの声音で美里に問い返した。


 中等部では1つしか無かった自動二輪倶楽部だが、高等部には実に5つの自動二輪倶楽部がその活動を認められている。

 だから千迅達が所属している自動二輪倶楽部は「第一」なのだ。

 そしてその事を、当然の事ながら2人は知っていた。

 千迅はその名称だけを覚えていて内容までは把握していない様ではあるが。


「でも、私達が……私が興味のあるのは、レーサーマシンによるスプリントレースだけです。他のレースやバイクに興味ありませんから」


 しかし紅音の方は、他の自動二輪倶楽部の活動内容まで知っている様であった。

 紅音の言葉にはそれほど険があった訳では無いものの、その言い方には確固たる意志が含まれていた。

 それがまた美里の琴線に触れたのか、彼女は今度は声に出して笑った。


「ははは。まぁ、そう言うだろうとは思ったけどね。でも、全く他のジャンルを経験しておくと言うのは、実は意外と今後の役立ったりするものなんだ。ほら、何事も経験って言うだろ?」


 ややもすれば頑なとも取れる紅音の態度に、美里はウインクを混ぜ込みながら返答した。


「……はぁ」


 ただしその内容をよく理解していない紅音と千迅は、互いの顔を見合わせてそれぞれに浮かんだ疑問を解消しようと試みていた。

 勿論、2人のどちらからも明確な答えなど出やしないのだが。


「さぁ、行った行った。もしかすれば、自分でも気付かなかった面白いものを見つけるかも知れないだろ? 今のままこのクラブを続けていくと再認識する為にも、今回の経験は役に立つってものよ。楽しんで来るつもりで行ってらっしゃい」


 これまでの会話でも動きの鈍い千迅と紅音に、美里は2人を急く様に追い立てた。これ以上ゆっくりと言い聞かせても、効果が薄いと感じたのだろう。


「ん―――……。行ってみよっか、紅音ちゃん?」


「……そうね」


 そして流石に上級生にそこまで言われては、2人共そのままそこに居続けると言う訳にはいかない。

 千迅にそう促されて、紅音も漸く移動する気になったのだった。


美里に促されるまま、千迅と紅音は他の部の見学へと向かった。

今までバイクの事ばかり考えていた彼女達には、他の部の活動と言うものは目新しいものだった。

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