いつか、晴れ間を待つ
俺さ、宇宙人なんだ――。
と言う、大輔の告白に俺は絶句した。
渡と一緒に、コンビニでバイト中の大輔をからかうのが、毎週のことだったが、今日に限ってノリが悪い。何かあったのか、と問い詰めると、寂しそうにそう言った。
深夜三時台になると、どこか変な調子になる。だから、そんなことを言っているんだと思う。「俺は宇宙人だ」なんて、今の小学生だって言わないし、そもそも俺らは大学生だぞ。
「五時には、俺の惑星に帰らなくちゃいけないんだ」
そう言う大輔は、流し台に行って、揚げ物用のプレートをスポンジで洗い始めた。
「は、そこどこ?」
「宇宙」
「なんだそれッ」
背を向けながら洗い物をする大輔に向かって、俺は不満げに言い返した。
ぽんっと右肩を叩かれて振り向く。「まあ落ちつけ」と言いたそうな顔付きで、渡が立っていた。
「わかった。大輔は宇宙人なんだろ? だったらさ、これぞ宇宙人!っていう姿を見せてくれよ。そうでもしてくれなきゃ……な」
渡は皮肉っぽく言い、俺と視線を合わせた。
大輔は、しかめっつらをしながら右手を額に当てた。
「別にいいけど……。今、ここで、俺の被っているスーツを脱いだら、二人とも死ぬよ」
「は?」
俺と渡の口から同じ言葉が出た。
「俺の素の姿に、人間の視覚は耐えられない。絶叫しながら、鼻から耳から血をドバドバ吹き出して、最後には、目玉があの奥の壁ぐらいまで飛んで絶命する」
「怖ッ」
「さあ! いくよッ」
「ま、まてまてッ!」
気を入れて止める俺らの素振りに、大輔は大きな声で笑っていた。
とりあえず……大輔は宇宙人なのかもしれない、ということにする。
俺ら三人は、コンビニの入り口付近に座っていた。
もう四時を回っている。なぜだか、今日は今のところ他に客は来なかった。
「でもさ、宇宙人ってこと、周り知ってんの?」
「いや、今初めて話した」
「俺ら知っちゃったじゃん。どうすんの?」
渡がいい質問をした。
「記憶から消させてもらう」
「は?」
また怖いことを言ってやがる。
「もしかして、脳にメスを入れたりする?」
「半殺しにされるってこと?」
恐る恐る聞く俺や渡に、大輔は笑っていた。
「そんなことしないって」
ビリッとポテトチップスの袋を開けて、大輔は二枚取り出し、口に放り込んだ。そして、その袋を俺や渡に「あげる」と手渡した。
「このポテトチップスうまいよな」
大輔が好むこのポテトチップスは、ここのコンビニのオリジナル商品。
バリバリと、ポテトチップスの音が、俺ら三人の口元から、リズムよく鳴った。
「そろそろ行くよ」と、大輔はその場で立ち上がった。うーんと伸びをしている。
そんな姿を見ていると、もちろん現実味がないが、なんだか胸騒ぎがする自分がいた。
本当にもう会えなくなるのか。
「また……会えるよな?」
「もちろん。いつかその日は必ず来るよ」
座っている俺を見下ろす大輔の顔は笑顔だった。
「そうだ! 最後に写真撮ろうぜ」
渡が携帯を取り出す。
「いいけど、後でこいつ誰だっけ?ってきっとなるよ」
「ならねぇって」
「いや、なるから」
そんなやり取りをしてから、大輔を真ん中にして、肩を組んで俺ら三人で写真を撮った。
大輔は、少し明るくなりかけた空を見上げていた。
俺と渡は、コンビニの中でその様子を見守っていた。
「本当に宇宙人なんかな」
「どうなんだろうな」
「次はいつ会えるんかな」
「どうなんだろうな」
渡からの問い掛けに、俺は同じ言葉を上の空で繰り返していた。
すると、大輔がこっちを向き、笑顔で手を振ってきた。
「じゃあねってことなんかな」
「どうなんだろうな」
釣られて俺と渡も手を振る。
大輔は、もう一度空を仰ぐと、人差し指と親指で、フレームの形を作った。
そして、その手を俺と渡に向けた瞬間だった。
カメラのフラッシュライトのように、そのフレームの中からまぶしい閃光が飛び込んできた。
一瞬にして光で外が見えなくなり、そのまま店内にまで飛び込んでくる。
目の前が真っ白という表現で正しいのだろうか、何も見えなくなった。
「お客さん、そこどいてくれます?」
「え、はい」
俺と渡の間に、床に押し付けられたモップが割り込んできた。
ぴょんとわきに寄る。
その間を白髪の男性店員が、モップをこすりつけながら通って行った。
俺も渡も首を傾げた。
特に何も買わずにコンビニを出ると、もう既に外は明るくなっていた。
携帯の通知がある。渡からのメッセージだ。
確認するために、アプリを立ち上げると、写真が添付されていた。
「俺に何の写真を送ったんだよ」
俺がそう言うと、渡はよくわかっていないようだった。
とりあえず写真を見てみる。
俺と渡がわきにいて、中央に知らない同年代ぐらいの男が写っている。
肩を組みながら、三人とも笑顔だった。
「こいつ誰だっけ?」
渡がのぞきながら言った。
「いや、知らない。ただ……」
「ただ?」
「いや、何でもない」
そう俺は答えたが、なんだかもやもやしていた。
どこかで会ったような……。
懐かしいような……。
だがいつか、この気持ちの晴れる日がきっとくる。
俺はそう感じた。