スライムが勇者パーティのペットを経て国の守護者となるまでの物語
色々設定雑だと思います。あと戦闘シーンあんま得意では無いのでかなり意図的に省いてます。
私は、所謂スライムという存在である。
基本的にはゲル状の粘液で構成された体を持ち、コアを破壊されるとその生命が途絶える。知能は低く、雑食で生き物も植物も体内でじわじわと溶かして食事する、一言で言えばおぞましいとすら言える存在だ。
そんな私が自身をスライムだと認識している理由は至極簡単である。
私には、二度に渡る人生の記憶が備わっている。そう、人生の記憶だ。
前世とか、そういう風に考えていいだろうその記憶達は、私に、スライムには見合わない知能を与えることとなった。
前世の前世。記憶にある最も最初の私は、「地球」という世界に住む、体が弱く、若くして命を落とすまで、一度として病院から出ることの無かった貧弱な少女だった。やることがなく、読書やゲームばかりしていて、そこで着いた知識がスライムに出来ることを格段に増やした。この世界とは異なる常識を持つこの記憶は非常に重要なものだ。ここでは便宜的に、「地球の私」と呼称しよう。
そして、その次の記憶。それは、今私が住んでいる世界と同一であろう世界に住む、ごく普通の一般人男性であったものだ。この時の私には前世の記憶など無く、ごく普通の町人として生き、しかし魔物の氾濫によって若くして命を落とした。この記憶はこの世界における常識。例えば危険な毒草だとか、強力な外敵だとかいった存在から私を遠ざけるのに役立っている。こちらは「前世の私」と呼称させてもらう。
そう、私は二度の人生を経て尚、地球に住まう一般的な人が生きるという寿命をすら生きていないのだ。二度の人生における二度の死。それが与えた、また次があるのではないかという気持ち。私にはどうも、死という概念への恐怖が欠落しているように思う。しかしそれでも、与えられた命を生きてみようという気持ちはあった。
スライムとして目を覚ました直後の私は、非常に小さかった。
周囲に見える、いくつかの見覚えのある植物と比較して、人間の五分の一もないだろう矮小な体躯と、それに見合った非力な体に絶望し、魔物や魔獣の蔓延るこの世界でどうやって生きていけばいいのかと、地球の私が叫ぶ。それに対し、前世の私は酷く現実的に物事を見ていると言えた。今では「私」として統合された記憶は、最初の頃は、あまりに異なる思考回路から半分独立していたのだ。
前世の私は、スライムの雑食性を始めとする様々な知識でもって、数日で私の体を倍近くまで大きくすることに成功した。幸い、私が生まれた森は前世の私にとっては慣れ親しんだとすら言えるような、故郷のそれと大差ないものであった。故に、見る間に大きくなり、小動物程度なら捕まえられるのでは無いかという力も得た。最初は体の形を維持することすらままならず、ドロドロとした水溜まりのように広がるしか無かった体を、ぐっと、重力に逆らって、ボールのように維持することが出来るようになった。
この頃から、地球の私の知識が役立ち始めた。小動物を狩る上で、前世の私の記憶は非常に便利で、様々な動物を食すことが出来たが、その間、地球の私は前世の私の記憶をもって、魔術というものに理解を示すようになった。代わりに、前世の私も地球の私から知恵を吸い上げていく。この知識の共有が、私を構成するふたつの記憶が統合された発端だろう。
さて、魔術を理解し、魔力という概念に触れた地球の私は、いとも容易く魔力を操る技術を会得した。これは単にゲームや小説における魔術の概念が案外マッチしたのが運が良かっただけだが、それでも、前世の私がついぞ使えなかった魔術を、私は使えるようになったのだ。それは、私の狩りの効率を大幅に上げた。
五年もすれば、私の体躯は人間のそれの倍近い所まで膨れ上がっていた。成長は徐々に遅くなっては居たが、それでも食べる物も次第に豪華になって行って、十分に肥えたのだ。
この頃には既に「私」となっていたふたつの記憶は、私に更なる発展を齎した。
狩りの道具として用いていた魔力。その感覚なら、私の体を遠隔で操作出来るのではないか?前世の私だった記憶が無理だと叫び、地球の私だった記憶がやってみても損はしないと叫ぶ。当然、損などするはずもない。私の体は切り離しても直ぐにくっつく。ゲル状の体とはそういうものだ。
結論から言えば、魔力は万能であった。切り離された私の体は、しかし当然のごとく、魔力によって操作が可能で、その頃から私は、破壊されては全てが終わってしまうコアを持たない分体を用いて狩りを行うようになった。できると思ったらできるのではないか?そう思ったことで、この頃から、私に出来ることが大幅に増え始めた。
体の性質を変えることもそのひとつだ。あくまでゲル状に過ぎなかった体だが、そもそも産まれたばかりのころは今よりもっと流動性があった。ほとんど液体に近いとすら言えた。ならばなぜ出来ないことがあろうかと、色々試していくうちに、私の体は液体からゲル状の物質の間ならば自在に変質出来るようになった。分体も同一だ。
他にも、消化に用いていた酸をより強いものとしたり、反対に体内に常に酸が分泌されている状態だったものを、制限出来るようにもなった。
それからおそらく二年ほど。分体によって更に効率的に、多少無茶ではないかというような狩りも行えるようになった私は、更にその体積を増やしていた。
とはいえ、あくまでも私はスライム。地球で扱われるように、そしてこの世界でも常識であるように、そもそもが貧弱な生物。あまりにも無茶な狩りをしては、体組織が破壊されてしまうのか再起不能となる分体もおり、成長に陰りを見せ始めていた。この時の私は、二年前の二倍にもなれていなかった。それもあくまでも合計であり、普段活動している分体達は一つ一つは私が産まれた少し後と大きく変わらない程度で動かしているから、餌の収集効率が良くなった程度の感覚でしかない。分体にせず、その全てを纏めあげたとして、大きく重くなった体は素早く動けず、分体で活動する方が余程強い。私は、スライムとしての生に限界を感じ始めていた。そんな時、私はある耳寄りな情報を得た。
そもそも、この森には人間も普通に入ってくる。多少辺境なのか、その頻度が高い訳では無いが、魔物が生息していることもあり、あまりに数が増えすぎては危険だからと、傭兵業を営む者は一定数森へと赴くのだ。それだけではなく、木こりのように森での活動が必須の職に就いている者もそうだが、とにかく、この森にやってくる人間は居る。
そんな人間達の話を、私の分体は聞いた。聞いたというか、彼らの声が体を震わすのを、前世の知識と照らし合わせて会話として認識した。
「そういやよぉ、聞いたか、王都で勇者サマが現れたって話」
「ああ、聞いた聞いた。何でも、聖女サマとか大魔女サマとかと一緒に、魔王討伐の旅に出るって話だよな」
「もうこっちまで伝わってきてんだ。とっくに旅立ちは済んでんじゃねえか?どうにしろ、大層な役目を仰せつかって。大変なことだよな、勇者サマ達も」
「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃねえっての。王都を出て、魔王のとこに向かうんなら、そりゃつまり俺らの村を通るってことだぜ。泊まってくれるんならいいがよ、ただ通り抜けされるだけだと無駄に歓迎パレードみたいなことしなきゃならんかもしれんだろ。そんな金はねえんだって話だぜ」
「つってもよ、この辺に俺らのとこ以外に泊まるとこなんざねえんだ。金はたっぷり落としていってくれるだろうよ。今から気にすることでもねえ。冬に来られて蓄えを削られちゃあ堪んねえけどな」
「なるほど、違いねえ」
傭兵業の男たちのその会話は、私にとっては非常に"魅力的"であった。
普通に考えれば、魔を討たんとするその一行に、魔の象徴とすら言えるようなおぞましいゲル状生物が出くわせば、起こることは必然だろう。しかし、私には、地球でプレイしたゲームの、スライムのもうひとつの立場を思い出したのだ。
まるで、マスコット。
その作品を代表する魔物は、時に、人間達と共に生活をしていた。
簡単に言えば、憧れたのだ。
私とて、二度の人生で、人として生きるという事を知っている。森の中で蠢くだけのスライム生には飽き飽きしていたし、こんな命がいつ絶たれるとも限らない生活はごめんだった。もっと、楽しい生活がしたいのだ。
故に私は、前々から、人間に恭順してでも、人の世で暮らしたいと考えていた。
しかし、前世の私の記憶が「それは無理だ」と伝えていて、例え地球の私の知識をもってしても覆ることは無い判断であった。
何せ、私のような魔物を連れている人間は皆、魔族と呼ばれるからだ。厳密に言えば、魔族という、人間と似た、しかし決定的に異なる生物が、魔物の上位に存在しており、魔物という存在が傅くのは、その魔族だけであるから。私のような存在を、もしも受け入れてくれる誰かが居たとして、その誰かが人の世で暮らすことは二度とないのだ。種族としての魔族では無く、その癖人として扱っては貰えない可哀想な存在を作り出す勇気は私には無かった。
そんな中、「勇者」とか「聖女」とか「大魔女」といった存在は、私に希望を齎したのである。
その身分は、前世の記憶によれば、特権階級。聖なる力を宿す剣を振るい、それが出来るという事実が、清廉潔白な身の上を証明する、勇者。教会に伝わる秘法を体得し、あらゆる傷を癒す、神に使える、聖女。世界の体系の一部を解き明かし、他の凡人と一線を画す知識を認められし、大魔女。男女の違いに関係なく、王国に伝わる伝説によってこう名付けられたその立場は、彼らが例え魔物を引き連れていても変わることは無い。むしろ、彼らの勇気に、優しさに、知恵に屈服したのだと、そう言われてもおかしくないとすら思える。そんな、伝説的な存在に与えられる、前世の私の時代には、大魔女しか存在しなかったような立場は、どちらの記憶から見ても、確固たる地盤を維持しているように思われた。
つまり、私は、勇者達の下でなら、人に交わって生きることが出来うるのだ。
しかし私は、私自身をゲームに出てきたような可愛らしい存在だとは思わないし、思えない。私は、光の反射をこの体で受けることで、擬似的に視覚を得ている。ちなみに他にも先程述べたように体を震わす音と、押せば反作用で返ってくる力による触覚は持ち合わせていた。嗅覚と味覚はない。
それはそれとして、とにかく私は自身を分体によって正確に認識している。透き通る、水のようなボディ。しかしその中には、消化している獲物が漂っている。目や口に該当するような部分はなく、ただドロっと、ネバっとした、蠢く粘液。間違いなく、親しみを覚えてくれるものでは無い。
故に、私には計画を立てる必要性があったのだ。
*
勇者達が私の住んでいる所までやって来たのは、それから2週間後のことであった。彼らはどうやら徒歩での道程を歩んでいるらしく、それなりの距離があるらしいこの周辺に辿り着くまで、計画してその準備を進めるのに十分な時間があった。
森へやってきた狩人達が、やけに多くの獲物を狩っていたことや、そもそもその彼らが独りごちる内容から、勇者一行がやってきているのは容易に分かった。
あとは、村を出た彼らに用意しておいた作戦で取り入るだけである。私は、村へと小さめの分体を送り出して、勇者一行の動向を睨んでいた。
「こんな豪華なご馳走、ありがとうございます。冬を越したばかりで大変でしょうに、俺たち何かのために」
「いえいえ、我々の生活を脅かす魔物の王を斃しにゆくと言うのですから、私どもは出来る限りの支援をするというのは当然です」
「レックス、いつまでも食べないと冷めちゃうわ。私達が食べないと、村長さん達も食べられないわよ?」
「マリアナの言う通りね。私達は一応客なんだし、振る舞われたものくらい素直に食べればいいのよ」
「まあ、そうだけどさ。じゃあ、本当にありがとうございます。村長さん。いただきます」
予想外のへりくだった様子に感心すると共に、視覚が、勇者一行が3人ではなく4人なのを捉える。レックスと呼ばれた男がおそらく勇者だろう。聖剣と呼ばれる武器らしきものを携えているのは彼だけだ。その隣で美味しそうに食事を頬張るマリアナと呼ばれた少女だが、特段の魔力も感じられず、ダガーのような武器を装備していることなどを考えると、斥候の役目を担っているのだろうか?そんなマリアナに同意を示していた大人の女性は、私の認識が間違っていないなら、私の前世から存在している大魔女であろう。確か、名前はリザというはず。となれば、一言も発しておらず、食事は肉類をあまり多く食べず、多少質素と言ってもいいものを優先している、もはや幼いとすら言えそうな少女が聖女だろうか。その名は全く分からない。
男一人に対して女三人のハーレムパーティというやつか。それが外見だけなのか、それとも内実を伴う事実なのかは不明であるが、私の計画で最も賭けと言える部分を担う聖女の性質を見抜くことが出来ぬままに、彼らは宿での眠りについてしまった。
翌日。村を出た一行は、私のコアがある付近にやってきていた。正確には、私がコアを移動したと言うだけなのだが、そこはまあいいだろう。
私の計画は既に始動している。
予定地点に彼らが通りかかったところで、彼らの目の前に、私の分体が飛び出……す前に、彼らが止まった。
「ストップ。何か来てる。森から。息遣い……獣の何かよ」
「了解。みんな、戦闘態勢に入れ」
おそらく何の立場も持たない彼女に気付かれて、予想より少し離れた距離で私の分体が飛び出してしまう。
「……スライム?いや、待って。後ろから何かが追ってきてる」
「狩りの現場って感じか?スライムでもコアくらいなら食いでがあるのか……いや、まて、このスライム、コアが……?」
勇者が何か私の重要なところに気付きかけた、というか多分気付いているだろうそれを伝えかけた瞬間に、私の分体を追うようにして、一匹の、私がこの森で暮らす上で常に避けていた強力な魔獣、「濁眼狼」が飛び出した。
「濁眼狼!単体ランクA!」
「攻撃魔法を展開するわ。落ち着いて対応するわよ」
「結界を作りますので、周囲への被害は安心してください」
「分かってるわよ、ヘレナちゃん。心置き無く……」
「あ、れ?」
濁眼狼は、その濁った目を、魔眼をもって魔力を、生気を吸い上げ、それによって濁った目が透き通る時、それに用いた魔力を持つ者の命を奪うという、凶悪な魔獣だ。これに姿を見られようものなら、私のスライム生は終わりを告げる。スライムでありながら魔力を操作出来るという私の特技が、反対にデメリットとして影響するがために、分体ですら向かわせられなかった天敵。その濁眼狼に、今日初めてちょっかいを出して、彼らの下に引っ張った。
勇者一行の注意は一瞬にして濁眼狼に引き付けられており、私の分体への意識は疎かになっている。私は、その分体を液体へ変え、地に溶け込ませる。代わりに、聖女の後ろにこっそりと移動させていた、私の他の分体を出現させる。それを、聖女にまとわりつかせた。
「い、いえ、問題ありません。消化されている感覚はありません!魔力の行使に影響もなさそうです!今は、濁眼狼を!」
もちろん、私に彼らを傷付ける予定は無い。ないが、傷付けられない保証はない。故に、簡単に言えば人質である。あと、濁眼狼を早めに倒してくれないと私も死ぬ。
「っ、分かったわ!地の底で燃え盛る炎よ、我が呼び声に応えよ!」
「全てを遮る絶対の拒絶を!」
濁眼狼へ、炎の魔術が迫り、その影響が周囲に及ぶのを防ごうとする結界が展開される。しかし、濁眼狼に魔術攻撃は効果が薄い。普通の人間ならば、ダメージを与えるどころか全てその濁った眼に吸い込まれてしまうのだから、当たっただけでも素晴らしいが。
魔力による炎は直ぐに収まり、そこには少し毛を焦がした程度の濁眼狼が健在であった。が、その命は直ぐに絶えてしまう。
「らああああ!」
勇者が聖剣を手に斬りかかったのだ。その威力は凄まじく、濁眼狼を一刀両断する。予想外に強力な炎の魔術を吸い取るのに一生懸命だった濁眼狼は、その本来の運動能力を発揮する前に、濁った目を更に濁らせる事となった。
「ヘレナ!大丈夫か!」
「スライム……くそ、剥がれろ!」
「低音で炙れば離れるかしら?今は大丈夫なの?」
ひとつの脅威が去ったことで、残る意識はもうひとつの脅威である私へと殺到する。私は非力なスライムなので、話を聞いて欲しい。声は出せないが、筆談なら出来るから。
「一応、大丈夫みたいです……。消化する意思が無い?スライムが……?いえ、これは……傷付いて?」
「ヘレナ?」
「……この子、よく見たらボロボロです。やはり濁眼狼に追われていたから?これは、食べるためと言うよりは、縋るような……?」
ここで、聖女が、嬉しい誤算ともいえる誤解をしてくれた。私は別に、対話のための人質として彼女にまとわりついているだけで、まあ彼らに頼りたい気持ちはあるが、この分体がボロボロなのはもしもの時に破壊されてもいいよう、かなり前から狩りをメインに動いていてダメージが蓄積している物を選んだというだけだ。
「……清らかなる神の加護を与えん」
「ちょ、ヘレナ!?それスライムだよ!?」
「それは、そうなのですけど……」
そして、まさかの治癒の魔術。今までの人生で使われたことの無い感覚。破損していた体組織が逆順に戻されていく感覚に、体が半分緩んでしまう。
「……緩んだ?どういうことだ?本当に治して欲しかっただけだとでも?」
「まさか。スライムは知能の低い、本能にしか従えない魔物よ?」
「けど、このスライムさんには間違いなく知能があるように思えますけれど……」
「……それなら余程見逃せないんじゃないの?所詮は魔物だし」
あ、まずい。例え見逃してもらえる流れになるにしても、普通に殺す流れになるとしても、分体だから関係ないのだが、私としては計画失敗である。今から筆談をせねばならない。
「……ん?な、文字!?」
「え?うそ、ほんとだ。どうしてスライムが?」
私が石を拾い上げて地面にザリザリと文字を記し始めると、彼らは驚きの声を上げる。まあ当然だろう。そりゃあ驚く。私だってそっちの立場ならびっくりしたろう。が、これから彼らに語るのは、それよりずっと驚くべきそれだ。
彼らには、私の持つ「前世」からの記憶を含める全てである。
*
「冗談だろ……?どんな人生なら次がスライムになるんだよ……」
「でもさっきの村で人を襲うスライムが居るなんて聞いてないよ?凶悪な人間だったって感じでもないし」
「そもそも、教会では前世の行いが今世に影響を与えるとはされていません。全ては、神の気まぐれであるとしか」
「記憶を維持したままの転生……か。いい研究テーマになりそうね……」
私の生い立ちを聞いた彼らの驚きに付け込むように、私は更に文字を記す。
『そんなわけで、私としては、人間の頃の記憶が。人間として生きた記憶が、人と交わって生きることを望んで居るのです。人は、人と関わりを持つことでその存在を確立する生き物だと私は考えます。故に、私は私がスライムであると同時に人であると自認するが故に、あなた方人との交わりを望みます。そして、あなた達勇者一行ならば、私を引き連れていても問題無いだけの立場があります。そこで、お願いがあるのです。私を、人と交わりを持てる環境に移して欲しいのです。あなた方の名の下であれば、私が迫害されることは無いでしょう』
「……なるほどね。勇者、聖女、大魔女。そのどれも、魔族の謗りを受けるような立場にない。そんな私たちになら、頼って問題がない」
「私に、その、くっついてきたのは何故でしょう?」
『会話の場を成り立たせるためです。申し訳ありません』
「なるほど。……あ、あの。レックス様、マリアナ様、リザ様。その、この方を、旅に同伴させてはならないでしょうか?」
「一応、理由を聞いていいか?なんとなく、想像出来るがな」
「はい、その。私達の教義では、人を定義するのは、一定以上の知能を有す、他者との友好的な関係を望む存在です。会話を出来る知能を持ちながらも、友好関係に興味が無い者を魔族。それから知性が落ちる度に、魔獣、魔物と落ちていきます。……ここで、このスライムを定義するならば、どこにあたるでしょうか?」
「……人、よね」
「はい。その上で、"聖女"に課せられた役目は、人を護り、癒し、それに仇なす存在を滅すること。ならば、彼……で、よろしかったですか?」
『性別の自認はありませんから気にしないでください。実を言えば、前世においてどちらだったかの記憶はありません』
事実、私は女であったし、男でもあった。原初の記憶という意味では女だし、最も長かった期間でいえば、男だ。そして、何より今は、性という分類の無いスライムだ。故に、私は自身の性別というものを決めあぐねている。ちょっとした嘘だが、地球の私を隠すには仕方ない。
「……では、便宜上彼と呼びますが。彼を護るのは、私に課せられた役目である、と、そう私は愚考します。その上で、仮に彼を、勇者の、聖女の、大魔女の名の下で、どこかの街で保護を願ったとしましょう。その名により、きっと受け入れは行われるでしょう。しかし、私たちの目が届かなくなれば。街を訪れる人のように、彼のことを知らない人からしてみれば、その街は、勇者の、聖女の、大魔女の名を騙り、魔物を使役する魔族の街だと言う謗りは避けられないでしょう。故に、彼を保護するために。彼を、魔王討伐の道に連れていくのはどうかと思いまして」
「なるほど〜」
「あら、マリアナは気付かなかったかしら。今の話なら、彼はここに置いておいて、魔王討伐を済ませてから戻ってきてもいいはずじゃない?連れていく必要ってあるかしら」
む。
聖女……ヘレナは、前世の私が知っていた教義などを忠実に守ろうとする聖職者であり、唯一賭けだったその部分が大丈夫だったから、同行もなんとかなるのでは無いかと思ったが……そうか。そもそも私が同行する意味は彼らにしてみればあまり無いのか。
いや、私にしてみても、普通に考えるなら同行する意味などないのだ。事実、私も数刻前までにそれを指摘されていれば、確かにと考えたものだろう。
しかし、今、私にはとあるのっぴきならない事情が出来てしまったのだ。
人と話すのが、交流するのが、楽しすぎるのだ。正直に言えば、私は二度死んだ身である。どちらも未練のない生だったとは言い難いが、そもそもがスライムになってしまっては叶えられないような未練が大半だ。地球の私の未練に至っては、もっと友人と過ごしたかったという切実なものである。
非常に歪んでいるのは自認しているが、私は、自身の命よりも数瞬の交流を酷く重要しているのだ。
故に。
『私にとって、他者との交流は自身が人間であると認めてもらい、自身を人間と信頼する為の唯一の手段です。もしも、あなた達が魔王に負けてしまえば、私はいつまでも自分を人間とは認められない、哀れなナニカに成り果てます。それならば、命の危険など、些事に過ぎないと言えましょう』
「……だそうです。どうでしょう?ダメなのでしょうか?」
「あー、私から言うことは何も無いわよ。レックスがいいって言うならいいわ」
「そうね。まあ、本人が望んでいるなら私が口を挟むことでは無いかしら。足手まといになるなら話は別だけど……戦略で私達の隙を作り出し、それを攻めるくらいには賢いみたいだし」
「レ、レックスさん!」
「……ああ。そうだな。俺だって悪魔じゃない。ひとつだけ確かめられたらいいぜ」
「それは?」
「彼が、魔族に操られたただのスライムでは無いかどうか、という証明が出来ればいい」
……困った。私にはそんな技術は無い。どうしようとりあえず自分のボディ全てを見せてみたらどうなるだろう。コアは……隠したいけど、どうしてもと言うなら見せないことは無い。
「というわけで、リザ。頼んだ」
「任されたわ。さて、スライムくん。あなたの体内に流れる魔力、調べるわよ。いいわね?二種類の魔力が混ざっていなければ、あなたは潔白だわ」
何だ、そんな簡単なことでいいのか。私は身を震わせ、同意を示す。
「ちょっと痛いわよ」
そう言って何やら魔道具を突き刺されたが、私に痛覚はない。
「……魔力反応はひとつね。安心していいわ。彼は普通の……普通の?ええと、操られていない天然物よ」
「そうか。なら、あくまで人間として、君を歓迎しよう。……なんと呼べばいいかな?」
名前。ふむ。私は前世の私や地球の私を、私の前身でありながらも私自身ではないと認識している。混ざった影響だろうが、とにかく、どちらの名も私では無いような気がするのだ。
『前世の名は覚えて居ないため、呼びやすい名で、いえ、スライムですから、スラとでも呼んでくだされば結構です』
「そうか。じゃあ、よろしくな、スラ」
こうして私は、表向きは本当に慈悲深い勇者一行に懐いて飼われているペットとして、本質としては彼らに、いわば寄生する存在として、旅を共にすることとなったのだ。
*
それから二年ほど。長い期間を経て、ついに魔王の城へと私たちは辿り着いた。
その間様々なことがあったが、私は彼らに立派に戦力として認められるような存在になったし、特にヘレナには、哀れみからか酷く可愛がって貰っている。
リザからは面白い実験体的に見られている気もするが、操作を止めた分体を定期的に与えておけば満足してくれるので、結果的には十分友好的だ。
レックスとマリアナだが、ほかの二人と違って多少交流が少ない。勇者パーティに入れて貰ったその日の夜、とある出来事が起きたので、それを簡潔に言えば彼らに私があまり関わらなかった理由が分かることだろう。
あの日の夜、多分私のせいで予定より距離を進めなかった為だろう、宿に泊まることも出来ず野宿となった私達だが、私は見てはいけないものを見てしまったのだ。いや、聞いたという方が正しいか。
まあ、テント分けの段階から違和感はあったのだが。そもそも同じサイズのテント二つ。いくら今までの二回でそういった経験のない私であっても、察してやるべきだったのだ。ヘレナでさえも察しているのだから。
レックスとマリアナ、リザとヘレナでテント分けがされ、私はその日、同行に感謝するため、魔物だからか睡眠の必要のないこの体の特徴を活かして見張りをしていたのだが、うん。このゲルの体は、音というものには結構敏感なのだ。平たくいえば、全部聞こえたのである。音が漏れないように抑えていても。
全く知らなかったが、後、リザに聞いたところ、彼らは幼なじみであり恋人で、マリアナも彼がパーティに無理やり捩じ込んだと言っても過言では無いようだった。というか、マリアナの方が勇者の素質が見受けられたレックスに必死で食らいつき、斥候として……ゲーム的にいえば、シーフの役目を、その天才的な才能を開花させたことでこなせるからこそ、無理なく彼女も入れたわけで。努力をしたという点では、彼女自身の力で入ったと言ってもいいのかもしれないが。
とにかく、野暮な真似はする気がなかったので、私はそれ以降彼らが二人で居る時に話しかけることはしなくなったのだ。幸い、見た目は三十代とかのリザは、おそらくだが、その実私の三回の生を合わせても足りないだけの時間を生きていて性欲は無く、ヘレナはそういう事に興味のないお年頃である。子供なので。あと聖職者だし。というわけで面倒なしがらみなども起きることなくここまで上手くやってこれたのだ。
「……さて。作戦通り行こうか」
「そうね。勝ち筋はきっと、これしか」
「……正直私としては不本意ではあるけれどね」
「でも、これなら"みんな"が活躍できます!」
彼らに同意するように、私の分体もぷるぷると頷く。
なお、彼らが『これしかない』と語るのも理由はある。
魔王直属の部下というものがいる。それらは非常に強く、苦戦を強いられた。勝つことは出来たものの、魔王というのは、それらの得意分野──勇者パーティと同じように、剣技、撹乱、魔術、支援の四つ──を、それらより高い水準で備えているらしく。ほぼこちらと互角であったその四人組を考えれば、そもそも単純な戦闘能力で劣っているのは明白であったのだ。
故に。
「……ぐぅ」
「つ、つよい……」
「フン。我が配下を正面切って倒したと言うから多少期待したが、所詮こんなものか」
私達が、揃ってボロボロになるのは、仕方の無いことである。
その様子を、逐一分体から伝えられていた私は。
時は来たとばかりに、私に課せられた仕事を果たすため、魔王城を呑み込んだ。
*
「作戦はシンプルだ。この二年間で信じられないくらいデカくなったスラを、魔王が油断した瞬間にぶつける。流石の魔王でも、突然城ごとスライムに呑み込まれればすぐには対応出来ないだろう。俺たちは、魔王の油断を最大限に誘うため、後はあわよくば倒すため、全力でかかる。もちろん、それで勝てるならいい。負けた時は、なるべくやつの油断を誘うよう、無様に地面に這いつくばってやろう。そうして、自分に楯突く勇者一行を倒したとき。きっとやつは、突然スラに呑み込まれても何が起きたか分からない。スラは、魔王のやつを消化でも何でもしてやればいい」
レックスが定めた作戦を、ごく簡潔に語るならこうだ。
発端は、私が同伴を開始し、三つ目の街での出来事。
私を連れたヘレナが市場で食べ歩きという娯楽に勤しんでいたところ、毒を盛られたのだ。今では倒したその魔王軍の魔族の用意した毒は強力で、身体中に常に神聖な魔力が巡っており、毒物の類も自動で浄化されるヘレナであっても、二日寝込んでしまうような毒。私はそれを食らっていて、しかし毒物の効果が出るようなことは無かったのだ。
簡単なことではあったのだ。その時も、それは私の分体であり、私を構成するゲルは、実質的には私の付属物。メインはコアで、コアそのものに毒物を塗りこまれでもしなければ、毒などなんの問題も無く分解される。
それを受け、私は彼らにひとつの提案をした。
それは、わざわざ私にも食事を都合してくれた彼らに、そこまではしなくていいと言うためでもあり、彼らに役立つことでもあったから。
私は、彼らが倒した魔物の、実用に堪えない部分、例えば臓物を、食べることにした。例えどんなに強い毒すら、コアが無い分体で食らううちはなんら問題が無い。そして、彼らとしても、魔物の死骸を放っておいては、アンデッドになってしまう危険があるため、ヘレナが処置をした上で、地中へ埋めるという面倒な手順をとる必要があった。そこを代替しようという申し出だ。結果的にこれは受け入れられ、私の食事は彼らが倒した魔物達のになったのだが、これが大きかったのだ。
そもそも私は、一人でいる時は魔物の類には絶対に近寄らなかった。食べるのは、簡単に捉えられる小動物や、植物。偶に大きな動物が転がっていることがあるが、それはラッキー、ご馳走だ、というようなレベル。
そんな中、彼らが倒す魔物達。
大きさという点でも申し分無いが、それだけではなかった。
その体内に貯め込まれた魔力。それを吸い取って、私の体は凄まじい速さで膨張して行ったのだ。初めは、膨れた分を液状化して地中に隠していたが、さすがに地面の湿りが動いているという異常事態をいつまでも隠せるものではなかったのだ。
直ぐに、とてつもない速度で育っていることが判明した私は、秘密兵器と称して、あくまで普通のスライムを演じることとなった。動き続ける湿り気は、更に深い地面を動くことで解決した。これは、リザの協力がなければ出来なかったが。
*
突然の出来事に目を白黒させる魔王の、身体中の穴という穴から、粘度を下げたボディを捩じ込み、その脳を、内蔵を、私の消化液を流し込んで溶かしていく。
魔王は少し暴れはしたものの、流石に脳を掻き回され、溶かされてはたまらなかった。直ぐに大人しくなって、そして私は彼らへと意識を向ける。
ヘレナに治癒を使われたことで、ごく弱いながらも使えるようになった治癒を、労うように彼らへと使って。それを受けた彼らも、笑顔を浮かべた。
二年。
最後はあっさりとしたものではあったが、彼らの旅は終わったのだ。
魔王の持っていたエネルギーと、共に旅をした彼らが無事であったという事実が、私の巨大な体を満たしていた。
***
我が国、ハリード王国には、魔王を討伐した一団が存在する。人々を苦しめた魔王軍の侵略を食い止めた彼らは英雄として、新たな伝説に名を刻んだが、その中に含まれる"一匹"は、中でも異彩を放っている。
今では、王国の守護獣として扱われているその存在……マウンテンスライムは、王都からそう離れていない、馬の足ならば三日や四日で辿り着けるような村の傍の森に彼は住んでいた。
そこで勇者一行に合流した人の心を持つスライムはスラと名付けられ、彼らのペットであるかのように振る舞った。しかしてその実、彼らの最高戦力でもあったのだ。
魔王を倒したのが彼であるというのは誰もが知っている事実だが、その膨大な質量が意志を持ち、かつ不意打ちをしてきて耐えられる生命が存在しえないだろう。その経緯を経て、彼は我が国において、魔物でありながら、人と同列……いや、それ以上の英雄として扱われるに至ったのだ。
そんなマウンテンスライムには現在、大魔女リザと聖女ヘレナの共同結界がコアに掛けられ、いざと言う時には王都そのものを優しく飲み込んで護る不滅の壁として、教会に暮らしている。
──ハリード王国史(ヴァネッサ・クレイド著)より抜粋
仲間と共に魔王を倒した勇者レックス・クレイドは、恋人のマリアナ・マナスルと結婚し、子供たちと幸せに暮らしました。
大魔女リザ・アリュレドは、今もこの世界のどこかで、魔術を研究しているでしょう。
聖女ヘレナ・ミラーとスライムのスラは、一緒にリザの魔法を受け、みんなの聖女と守護獣として、ずっと昔から、この国を見守っているのです。
──勇者伝説(著者不明)より抜粋
色々ストレスが貯まった末の殴り書き。面白かったら評価して下されば筆者は嬉しくなります。つまんなかったら無視してください。




