加藤亜衣
「よし、それじゃあ話を聞こうか」
俺と加藤先生は今、会議室のようなものであろう部屋にいる。俺が職員室へ行き、加藤先生に話があると言ったら、すぐにこの部屋へと案内してくれた。
先生がパイプ椅子に腰を掛けたのを確認してから、俺も腰を下ろした。俺と先生は、机を挟んで向かい合っている。
俺は、ここに来た理由である映画部のことを話した。どうしてそう思ったのかも、洗いざらいすべて話した。人と話すのは苦手だったけど、不思議と先生には緊張することなく話すことができた。
(この感じ、やっぱ誰かに似てる気がするんだよな)
先生は黙って真剣に話を聞いていた。しかし話し終わると、俺の本心を探っているかのような視線をこちらに向けた。
「なるほど、お前が映画部を作りたい理由は分かった。その理由もだ…しかし、本当に理由はそれだけなのか?」
俺はドキッとした。俺の動揺が先生にも伝わったのだろう。先生は人差し指を立て、さらに言葉をつづけた。
「私の仮説はこうだ。普段の君を見ていると、君はどこか孤独を望んでいるように思える。しかし、学校には独りで静かに過ごせる場所がない。どこに行っても、誰かしらはそこにいるからな。もちろん家に帰ったら独りにはなれる。だが、この学校は全員、何かしらの部活には入らなければならない。そこで君は考えた。自然に、独りで過ごすことのできる空間を作ってしまえばいいのではないかと。映画部を作ってしまえば、映画部の部員以外君の空間に侵入することができない。だから君は私の所へ来た……とまあこんな感じなのだが。あくまでこれは私の仮説だ。気にしないでくれ」
、、、俺は鳥肌が立った。先生の仮説はほとんど当たっていた。もちろん、最初に言った理由も嘘ではない。しかし、心の奥底には確かにそういう考えがあったのだ。ちなみに一つだけ間違っていたのは、この学校の生徒は全員が何かしらの部活に入らなければならないというのを俺は知らなかったってことだ。その話はほとんど聞いていなかったのだから仕方がない。
それはひとまず置いておいて、結局映画部を作っていいのかどうかを改めて先生に聞いてみた。正直ダメだと言われると思っていた。私利私欲のために部活を作ることが許されるはずがない。
しかし、先生から帰ってきたのは予想外の返事だった。
「ああ、いいぞ。映画部設立を認めよう」
意外過ぎる返答に俺は聞き返してしまった。
「えっ、いいんですか?」
「ああ、お前の映画愛は充分伝わったし、生徒のやりたいことをできる限り応援する。それが私の教育方針だからな」
それなら席替えもやらせてあげたら……と思ったが口には出さなかった。
「ありがとうございます」
そう言って席を立ち、頭を上げようとする俺に先生は待ったをかけた。
「ただし、条件がある」
「……条件?」
「確かに映画への情熱は立派だったが、部員数が一人の状態で部活動設立を認めるわけにはいかない……そこでだ。部活動設立の条件として、部員数を最低で五人とする。つまり、君以外に残り四人集めなければならないわけだが、君なら楽勝だろ?」
先生が意地の悪そうな笑みを浮かべる。
(絶対この先生俺が友達いないことわかっていっているだろ!俺はまだ、クラスメイトですらほとんど話したことないんだぞ!?それに、初対面の人に話しかけるとか……俺が一番苦手なことなんですけど!!)
先生に直接文句を言いたい気持ちは山ほどあったが、言ったとしても軽くあしらわれるだけなので
「先生は何でもお見通しなんですね」
と皮肉の意味を込めて言い放った。すると、帰ってきた言葉から驚きの真実を知ることとなる。
「そりゃー、妹からいろいろ聞いているからな」
妹……先生は今妹と言った。妹から聞いているってことは、先生の妹さんは、俺と面識があるということなのだろうか。面識があるということは俺と同級生か、それとも、、、いや、それ以外考えられない。
(同級生なんてほとんど関わってないからなぁ。その中で俺と面識がある人と言えばかなり絞られると思うのだが。加藤なんていたかなぁ。いや、加藤という苗字は決して珍しいわけではないし、たんに俺が覚えていないだけかもしれない)
いくら頑張っても加藤という苗字の同級生を思い出すことができなかったため、俺は諦めて先生に聞くことにした。
「すみません。加藤という苗字の同級生を思い出せそうにないんで、名前のほうも教えてもらっていいすか」
正直名前を聞いても思い出せる気はしないのだが。
俺の質問に先生は一瞬ぽかんとしていたが、いきなり声を上げて笑い始めた。
(何がそんなにおかしいんだ?)
「ははは!金城、お前私の妹がお前と同い年だと思っているのか!」
先生は、腹を抱えてさらに笑い出した。
「え、違うんすか?」
先生の妹が同級生だと思ってた俺は、さらに頭がこんがらがった。
(同い年じゃない?年上か、年下か、うわー尚更わかんねえ―)
「はぁーー、おもしれえ。しかしまあ、ここまで言ってわかんなかったって亜美が聞いたら悲しむだろうなぁー」
(亜美?……亜美、亜美、亜美…あ!思い出した!!)
「亜美先生…すか」
加藤亜美。中学の時、三年間俺の担任だった先生だ。すごく穏やかな優しい先生で、生徒からの評判もかなり高かった。それに、独りでいる俺のことを妙に気にかける変わった人だった。
(確かに言われてみれば教壇に立つ姿とか、人の話を聞く時の姿勢とかそっくりだったな……いや、でも、いくらなんでも中身が違いすぎるだろ!!)
「お前今、失礼なこと考えてるだろ」
この先生エスパーでも使えるの?と思ったがもちろん口には出さない。
「考えてませんよ」
先生はふっと笑った。
「ならいいが。とにかく、亜美はお前たちのことをすごく気にしていてな。よく見ておいてくれって頼まれているんだ」
あの先生ならそんなこと言いそうだなと思った。俺が孤独を望んでいることにおそらく気づいていてのだろう……そして、あいつのことも。
「そうですか」
そう言い、俺は席を立つ。
「ま、俺もあいつも多分大丈夫ですよ。自分のやりたいようにやっているだけなんで」
「だからお前らは心配なんだ」
俺が教室を出た後に、先生はそう呟いた。
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