スタートライン
最近、美海ちゃんが和樹との距離をかなり縮めているように思う。元々美海ちゃんは和樹のことを知っていたみたいだし、美海ちゃんのアタックに和樹も少し心が揺らいでいるように感じる。
美海ちゃんだけでも厳しいのに、木下さんも少なからず和樹のことを想っているように思える。そして、木下さんは和樹と一番心が通じ合っている気がするのだ。
そんな二人に比べて、私だけが和樹との距離を縮められていないような気がしていた。
でも、今回のお泊りで和樹との距離はかなり縮まったと思う。これでようやく、スタートラインに立てたのだ。
(あの二人は強敵だけど、私も頑張る!!)
二人に負けないように、私は積極的にアプローチすると心に決めたのだった。
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あれから一週間後。俺と健斗は、待ち合わせ場所で女子三人を待っていた。健斗の手にはこの前のカメラが握られている。今回のことも、短編映画の一部にしようと考えているのだ。
「花火大会なんて久しぶりだなー」
「俺は小さい頃に一回行っただけだな」
(……え?何で俺は今、こんなことを言ったんだ?家族と花火大会になんて行ったことないはずなのに………)
「どうした和樹?そんな気難しそうな顔して」
「いや、何でもねえよ」
「そういえば、何で竹森は突然花火大会に行こうなんて言い出したんだろうなー?」
健斗は、何故かニヤニヤしながら俺の方を向いてきた。
「知るかよ、てかニヤニヤすんな!」
「えー?和樹君は分からないんですかー?」
健斗が挑発的な口調でそう言ってきたので、俺はムカついて健斗の腹を軽く殴った。
「いてっ!なにすんだよ!」
「なんか腹立った」
「ひでえなっ!………ほんとに分からないのか?竹森が皆を誘った理由」
何となくそうなのかなと思うこともあったが、それはただの妄想だ。そんな期待をして、俺が恥ずかしい思いをするのは目に見えているし、何よりもそんな期待をされる竹森さんが可哀そうだ。
「分かんねーよ」
「……はあ。これだから鈍感映画オタクは」
「誰が鈍感映画オタクだ!」
「お待たせ~!」
聞き覚えのある声が聞こえる。どうやら女子三人が到着したようだ。
「ごめんね、浴衣着るのに時間かかっちゃって」
三人の姿が見えた瞬間、俺は全員に目を奪われた。それぞれが違った浴衣を着ており、その姿を見て周りの人が少しざわついたくらいだ。
まず木下。シンプルな紺色の浴衣は彼女のイメージによく合っていて、いつもは着けていない大きめの髪飾りが凄まじい存在感を放ち、彼女の美しさを際立たせている。
次に竹森さん。木下のシンプルな浴衣とは違って、花柄でピンク色の浴衣は彼女の雰囲気をそのまま表しているかのようだった。そして、普段見ることのない編み込みが彼女の新しい魅力を感じさせていた。
そして希。希は黄色の浴衣を着ていて眼鏡も外しているため、これまでとは別人のようだ。今まで抑えられていた希の魅力が一気に解放されたようで、周りの反応を見ても他の二人と一切変わらない視線を浴びているようだった。
それに、あの日以来初めて希と会ったので、希の顔を見ると妙に意識してしまう自分が居た。
「どう~?和樹君~、似合ってる~?」
竹森さんが真っ先に俺の元へと近づいて来る。俺は竹森さんを直視することが出来ず、視線を逸らして答えた。
「似合ってるんじゃないかな」
「えへへ~、和樹君にそう言って貰えて嬉しい~!」
竹森さんが満面の笑みを見せる。
(この笑顔は反則だろ………)
竹森さんと話していると、隣から俺の腕をくいくいと希が引っ張った。
「和樹!私は?私は?」
不意な希の急接近に、俺はドキッとしてしまう。
「希も似合ってる」
「ありがと!」
すると、その様子を見ていた竹森さんと木下から、何故か鋭い視線を感じた。
「和樹……?」
「希…………?」
「……………」
「どういうこと(かしら)??」
竹森さんと木下が、もの凄い勢いで俺と希に迫る。二人の鬼気迫る表情に、俺は後退るしかなかった。
そんな中、希が俺と二人の間に入り進行を防いだ。そして、二人を挑発するような態度で言葉を発する。
「私と和樹のことがそんなに気になるの~?」
「む、気になる……」
「……………まあ」
「実は~」
「……」
三人の間に沈黙が流れる。
「ひ、み、つ!」
「な!教えてよ~!」
「往生際が悪いわよ、神田さん」
「やだよ~!ねっ!和樹!」
そう言った希は、小悪魔っぽい笑みを浮かべて振り返った。こんな顔をされたら、男なら誰でもドキッとしてしまうだろう。
この前から、希のキャラが変わり過ぎているように思う。元々はこういう感じだったのだろうか。
「ほら和樹、早く一緒にまわろ?」
希が俺の右腕を引っ張る。
「あ!ずるい!私も~!」
すると竹森さんは、希の後を追うように反対の腕を引っ張った。
両手に花とはこのことなのだろうか。両腕に宿る感触が俺の理性を破壊しに来て、俺は耐えるのに精一杯だった。
―――――――――――――――――――――――
俺は三人の様子を見ながら、隣にいる木下さんに声をかけた。
「あっち行かなくて良いのか?」
「何故私が行かなければならないのかしら」
「まあ、俺には関係ねーけど。あの二人に和樹を取られても知らねーよ?竹森だけじゃなくて、神田まで和樹と距離を縮めてるみたいだし。このままだったら、和樹はどっちかのこと好きになっちゃうだろうなー」
「私はそういうのじゃないわ。金城君が誰を好きになろうが私には関係ない」
口ではそう言っているが、木下さんが納得いかない表情をしているのはバレバレだ。普段の様子から見るに、木下さんもあの二人に負けないくらい和樹のことを想っているように思える。それなのに積極的になれないのは彼女の不器用な心のせいなのだろうか。
「ほんとにそうか?あの光景を見ても何も思わないのか?」
「……………」
「和樹が誰かに取られても良いのか?」
「……………良くない」
タッタッタ
木下さんは三人の元へ走っていった。
これで少しは、木下さんも自分の気持ちに気付くことが出来ただろうか。もし気付くことが出来たなら、彼女もやっとスタートラインに立てたと言えるだろう。
理由は分からないが、神田も何か覚悟を決めたようだし、これでようやく全員がスタートラインに立った。
「誰が和樹の心を射止めるかな」
俺は、これから始まる女の闘いがどうなるのか想像しながら、そう呟くのだった。
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