03.いつもと違う雰囲気
いつの間にか横にいた千紘と共に教室に入る。
笑顔で挨拶するクラスメイトに柔かに挨拶をしながら、蜜柑は思っていた。
(……どこの世界でも人付き合いは面倒ね。家柄が関係ないだけマシかしら)
「おっはよう、蜜柑」
「凛ちゃん、おはよう」
凛は蜜柑の理解者、親友、世話焼き……蜜柑の記憶からデータを引き出していく。
「珍しいね……千紘と喧嘩でもしたの?」
「どうして?」
「だっていつもあんなに……何か蜜柑、雰囲気変わった?笑い方、ぎこちないよ?」
凛が首を傾げた。
記憶通りに微笑んでいるつもりだが、やはり上手くいかないようだ。
それに面白くもないのに笑えるわけもない。
キャーキャーと煩い声の方を見ると、千紘は大量の女子生徒に囲まれている。
「蜜柑の幼馴染は今日もモテモテだね~!」
「……そうね」
「あれ……?いつもみたいに自慢しないの?」
「自慢……?」
「今日もちーちゃんは世界一かっこいいって、いつも言うじゃん!」
「ふーん」
「あ、そうそう!隣のクラスで読者モデルしてる佐伯マリンって子、知ってる??」
「いいえ」
「今日久しぶりに学校に来たんだって!後で見にいこう!!」
「分かったわ」
「……やっぱり変な蜜柑、いつも変だけど」
「ふふ、そうね……」
クスリと微笑んだ。
いつもの蜜柑とは違い、きっちりとした身だしなみに上品な所作。
幼稚な蜜柑とは真逆で仄かに色気が漂っていた。
そんな様子を見て、周囲がザワザワと騒ぎ出す。
チャイムが鳴ると生徒達は一斉に席に着いた。
蜜柑は静かに息を吐き出してから、窓の外を眺めていた。
(……ビアンカを探さなくちゃ)
ビアンカもラヴィーニアと同じように、どこかに転生している筈だ。
運良く近場に居てくれればいいのだが。
*
授業を受けながら蜜柑は考えていた。
どうやら以前の蜜柑は勉強が苦手だったようだ。
(……早く勉強して授業に追いつけるようにしなくては)
周囲を見ていても、あまり真剣に授業を聞いている生徒は居ない。
(興味深い本ばかりだわ!魔法はないし、そこまで厳しいルールもない。何て自由な世界なの)
教科書を端から読んでいた。
この調子で読み進めていけば、一週間程で記憶できるだろう。
過去の教科書は散らばった部屋のどこかにあるのだろうか。
そんな事を考えていると、あっという間にチャイムが鳴る。
お昼の時間だ、と嬉しそうな声が聞こえてきた。
凛が「部活の先輩に呼ばれてるから、また後で~」と席を立ち、手を振ると教室から出て行く。
(売店で自分のお昼を買いに行くのね……自分で用意しなくちゃいけないなんて面倒だけど新鮮だわ)
「おーい、蜜柑ちゃん」
名前を呼ばれて振り返る。
数人の男子がニヤニヤしながら蜜柑を見ていた。
「俺たちの分もパン買って来てくんねぇ?」
「……」
「いつものでいいからさぁ……」
「やめろ」
いつ側に来たのだろうか。
すかさず此方を庇うように、前に出る千紘。
そんな彼を静かに見上げた。
「今日も熱々じゃねぇか、ちーちゃん」
「俺らは蜜柑と話してんだよ、なー蜜柑」
「……」
「幼馴染か何か知らないけど、いつまでも保護者気取りかよ……だっせぇ」
千紘は、ただ男達を睨みつけている。
いつもは蜜柑が間に入り「ついでだから私が買ってくるから平気だよ」「ちーちゃんも一緒に行く?」とヘラヘラと笑いながら頼みを聞く……そんな生易しいやり取りが記憶に残っていた。
(……今後も絡まれたら面倒だから、一気に片付けちゃいましょう)
こんな時、風魔法がないのは不便だが致し方ないだろう。
「自分で買いに行って頂戴」
「あ……?」
「……自分で買いに行って頂戴と言ったのよ、その耳は飾り?」
そんな蜜柑の様子を見て、千紘は目を見開いている。
「…………テメェ、何調子乗ってんだよ」
蜜柑の前に立ち、威圧感たっぷりに顔を近づけで凄む男子生徒。
騒がしかった教室は、いつの間にかシン……と静まり返っていた。