51.風が吹き荒れています
いつの間にか距離を詰められて手首を掴んだエミリーがニタリと微笑む。
目は虚で、どこを見ているのか分からない。
振り払おうとしても、女の子の力だと思えないほどの力の強さに驚いてしまう。
足がもつれてよろめいた瞬間、容赦ないエミリーの平手打ちが飛んできそうになり、痛みを覚悟してギュッと目を閉じた時だった。
「ーーーッラヴィーニア!!」
「……っ」
「ディーゴ……!」
ディーゴがエミリーとの間に入り、一瞬で手を叩き落とす。
華麗な回し蹴りにエミリーが地面に倒れ込む。
けれどエミリーはゾンビのように起き上がり、また此方へとブツブツと何かを呟きながら向かってくる。
「様子がおかしい……!」
「アルノルド様の時と、同じ感じがするわ」
「……まさか闇魔法が!」
「どうしよう……!」
以前はラヴィーニアがアルノルドに触れたら勝手に魔法が発動した。
今回もエミリーに触れて光魔法を使うべきだろうかと迷っていた時だった。
「ディーゴ、私……!!」
「ダメだッ……こんな目立つ所で魔法を使うなっ!」
「でも……!」
「俺が眠らせるッ」
そう言ってディーゴはエミリーの間合いに入り込むと、顔を掴み強制的に瞳を合わせた。
するとエミリーは一瞬で意識を失い、膝からガクリと崩れ落ちる。
それを片手で支えたディーゴはゆっくりとエミリーを抱え上げてベンチに寝かす。
あっという間に手や足を拘束したディーゴが片手を上げると、建物の影から忍者のような黒い服に身を包んだ人が次々現れる。
「人手を要請しろ。この女を城へ運ぶ……もう一人は国王へ報告へ行け」
「「はっ……!」」
(リアル忍者……)
ディーゴの手際の良さや強さに感心していた。
まるでどこかの主人公のような華麗な戦いっぷりに惚れ惚れとしてしまう。
「……すまない、遅くなって」
「…………え?」
「こんなに怪我させちまって……」
「ディーゴが……悪い訳じゃないわ」
「だからこんな危険な事、やりたくないって言ったんだ……クソが」
「……?」
危険な事とは何かは分からないが、ディーゴはエミリーがこうなる事が分かっていたのだろうか。
いつもの柔らかい表情も言葉も消え失せ、ディーゴは機嫌が悪そうに吐き捨てる。
「……ディーゴ、口調が」
「チッ……悪いな。元々こんな喋り方なんだよ」
ディーゴが困ったように頭を掻く。
「ふふっ……今までのディーゴより、ディーゴっぽい気がする」
「は……?」
「私の前では、その喋り方でいいからね?」
「……!?」
「だって、本当の自分の方が楽でしょう?私もそうだもの」
「!!」
「ディーの時は仕方ないけど、ディーゴの時はそのままのディーゴでいてね」
(こんな時に何を言い出すかと思えば……)
唖然としてラヴィーニアを見ていた。
影の長として恐れられているディーゴを、こんなに簡単に受け入れたのは彼女が初めてだった。
「……怖く、ないのかよ」
「怖い……?」
「俺の能力、見ただろうが……」
「えぇ、見たわ!とてもかっこよかった!!」
「は……!?」
「他には何が出来るの?」
「心を、読んだり……嘘が分かったりとか。意識しないと無理だけど……」
気まずさに視線を逸らす。
これを言って、怯えなかったものは居ない。
誰しも自分の心を覗かれるのは怖いものだ。
昔から特殊な魔法を使えた。
それはディーゴが子供の頃に暮らしていた孤児院でしていた人体実験のせいだった。
禁術を人体に埋め込むという惨たらしいものだった。
自分はその成功例だった。
意識をすれば人の思考を読み取れたり、強制的に意識を失わせる。
それに嘘かどうかを見破る事もできた。