32.初めの印象は大切です
此方も余りの純粋さに絆されているような気がしてならなかった。
王家の影である自分が、どうしてこんな女に……と思うほどに安らいでいる事に気づいた瞬間、怖くて堪らなくなった。
自分は幼い頃から強制的に毒に慣らされており、体の成長がある一定から止まっている。
幼く見えがちだが、実際はラヴィーニア達よりも五つも年上である。
王国の影は、どんな汚れ仕事でもしなければならない。
勿論、常に命の危険が付き纏う。
若くしてトップになった訳だが、それだけ辛い仕事なのだ。
ほとんどは孤児が影となる。
訓練に耐えられる子供の方が少ない。
感情など無くなったと思っていたのに……。
(クソ……調子が狂う)
危機感の欠片も無く、すぐに人を信用してしまう。
お人好しで、頼み事を断れなくて、ボーッとしていて阿呆な癖に、人一倍気を遣い、無償で優しさを分け与える。
(そんな姿を見ていると苛々する……)
自分の足りない部分を見せつけられているみたいだった。
こんな地獄のような任務、受けなければ良かったと思う反面……あまりの心地よさに身動きが取れなくなりそうだった。
*
馬車に乗って四人で公爵家に向かっていた。
フィンとラヴィーニア、ステファノとディーゴが隣同士である。
「殿下……暇なの?」
「……暇じゃない」
「ふーん」
「ノアの様子を見にいくだけだ」
「あっ、そういえば……ステファノ殿下、最近ノアが芸を覚えたんですよ!」
学園からの帰り道はいつもご機嫌である。
やっとラヴィーニアのフリをすることから解放されるからだ。
馬車に乗った途端、笑顔が溢れて表情筋がゆるゆるに緩みきっている。
「どんな芸なんだ?」
「クルリって一周回るんです!」
「そうなのか」
ノアの話で盛り上がる二人を見て、ディーゴは微笑む。
「お二人は随分と仲が良さそうですが、お互いの事をどう思ってるのですか?」
「「!!」」
「ラヴィーニア様はステファノ殿下の婚約者候補であらせられますし……」
「別に……それほどでもないが」
ステファノは満更でもなさそうに頬をほんのりと赤く染める。
それを見たフィンの綺麗な顔がこれでもかと歪んでいる。
ディーゴは密命を受けていた。
それはラヴィーニアの気持ちをステファノに向けさせる事。
明らかに男性として意識されていないステファノに、少しでも意識を向けようと仕掛けたのであった。
そしてもう一つの問題は、ラヴィーニアがステファノをどう思っているのかだ。
好印象ではないだろうが、こうして顔を合わせて仲良く話している姿を見ていると期待出来なくもないが……。
「すごくお似合いですし、今度デートでも如何です?ジューリオ殿下だけではなく、ステファノ殿下とも御一緒してみては……?」
その言葉を聞いたラヴィーニアは、にっこりと微笑みながら答えたのだった。
「あはは、ディーゴったら!仲が良いだなんて、そんな事あり得ないわ」
「「!?」」
「ねぇ、殿下?」
「は…………?」
「だって、ステファノ殿下は私の事、嫌いですから」
「「「…………」」」
ラヴィーニアはさも当然とばかりに言い放つ。
そんな爆弾のような発言に周囲は固まるしかなかった。
「ど、どうしてそう思われるのですか……?」
ディーゴは平然を装いながら聞き返す。
珍しく言葉が乱れたのは、あまりにも予想外だったからだ。
するとラヴィーニアは首を傾げた。
「だって婚約の話が出た時に"俺はこんな氷みたいな女、お断りだ"って言われたんですよ」
「…………」
「だから殿下が私の事を好きになるなんて、ありえないわ」
ラヴィーニアは、笑いながら答えていた。
まるでステファノに嫌われているのは仕方ないし、別に構わないと思っているようだった。