30.我慢出来ません
エレナの甲高い声は教室外にも、かなり響くようだ。
いまいち状況が掴めないので何故エレナが泣いているのかが分からずに、オロオロするのを必死に抑えていた。
(此処でオロオロしちゃダメよ……!シナリオが台無しになっちゃう)
そういえば、教科書の話をしていたのを思い出して、二人に問いかける。
「教科書がどうかなさったの……?」
問いかけるとエミリーが怒った表情を浮かべながら、机の上にバンッと教科書を置いた。
それを見て驚いた。
目の前には、ボロボロに汚れた教科書が置かれていた。
「まぁ……大変」
「ラヴィーニア様、貴女が……ッ!」
エミリーが声を荒げた。
エレナは肩を震わせ、涙を流しながら此方を見ていた。
「うっ、私の教科書が……」
(…………もう、我慢出来ないわ!)
唇をぐっと噛み締める。
そんな様子を見ていたエレナが、手のひらの隙間からニヤリと唇を歪めた。
「エレナ様…………」
そしてゆっくりと立ち上がり、机に手を忍ばせた。
「もし良かったらわたくしの教科書を使ってくださいな」
「「は……?」」
「だって、そんなボロボロな教科書では勉強出来ないでしょう?」
誰がやったかは分からないが、これではエレナが勉強を出来なくなってしまう。
ディーゴに「親切ばかりしてたらバレますよ」と言われていたが、悲しそうに泣いているエレナを見ていたら我慢出来なくなってしまった。
「教科書は大切よ?だからコレを使って」
「……ッ!!」
「違……!だから貴女がっ」
「わたくし?わたくしは大丈夫よ……ジューリオ殿下に借りてきますから」
「ふざけないでっ!……この教科書をボロボロにしたのはッ」
「本当ね…………どうしたらこんなにボロボロになるのかしら」
「……!」
「先生に相談してみましょう?このままではいけないわ」
改めて汚れた教科書を見た。
ハサミで切り刻まれたり、水に濡れていたり悲惨な状況だ。
もしかしたらエレナは辛い目にあっているのかもしれない。
今度、フィンに何か知らないか聞いてみようと思っていた時だった。
「……ッ!!」
「…………?」
エレナはブルブルと肩を震わせていた。
「あっ……エレナ様、もしかして具合が!?」
「……っ!!」
エレナの肩に触れようとすると、パチンと手を弾かれてしまう。
もしかして、具合が悪くて吐きそうなのかもしれない。
「どうしましょう!フィン……医務室へお連れしてあげて」
「「!!!」」
「…………エレナ様、具合が悪いみたいなの」
「……分かりました。エレナ嬢、此方へ」
「フィン様……ありがとうございます!」
フィンの手を取って、エレナは涙を拭い微笑みながら歩き出す。
一仕事終えた為!気持ちよくフーッと息を吐き出した。
これでエレナは勉強する事が出来るし、フィンとの仲も深まる事だろう。
そして、フィンの名前を呼んでしまっている事も、キャラが変わっている事も気付かずに満足気に微笑んでいる表情を見て、ディーゴは溜息を吐きだした。
「私っ……私は、騙されないんだから!!」
此方を鋭く睨みつけているのはエレナの親友であり、お助けキャラであるエミリーである。
エミリーは三つ編みで眼鏡を掛けていて、ストーリーの進行やミニゲームのやり方を教えてくれる優しい少女なのだが、こんなに人を睨みつけるようなキツイ印象は無かったのに。
此方に送る視線はナイフのようだ。
「エミリー様、大丈夫……?顔色が悪いわ、貴女も医務室に……」
「結構よッ!」
「…………!」
「いつか……いつか貴女、痛い目に合うんだから」
「え……?」
「とぼけていられるのも今だけなんだからねっ!」