20.餌付けされています
ジョセフィーヌを触っているステファノの目は輝いている。
そんな時、フィンが耳打ちする。
「姉上……!!一番の狂犬を誑し込むのはやめてよ……!!」
「おい、フィン……!聞こえてるぞ」
「狂犬……?あはは、フィンたら!ノアはまだ子犬よ」
「前途多難だ……」
「???」
フィンは溜息を吐いている。
ノアを下に下ろすとジョセフィーヌの周りを元気に飛び跳ねる。
クリーム色のふわふわとした毛がボールみたいで、本当に可愛らしい。
それから次の日も、また次の日もステファノはノアの様子を見に現れた。
子犬とジョセフィーヌが遊んでいるのを眺めていると、その横では言い争う声……。
「…………この暇人王子が」
「フィン……!」
「暇人な訳あるか……ノアの様子を見に来たんだ」
フィンの不敬罪とも取れる発言にも慣れたのか、サラリと躱している。
ノアは嬉しそうにステファノと戯れている。
今まで動物に触れられなかったステファノは、その時間を取り戻すように、ノアとジョセフィーヌを可愛がっていた。
学園と政務の合間を縫って、足繁くロンバルディ邸に通うようになっていた。
甘いものを土産に持って……。
「フィン、聞いて!今日はステファノ殿下がとても可愛い形のカップケーキを下さったのよ!後で頂きましょう?」
「……。はい」
「殿下はいつもの紅茶で?」
「ああ、頼む」
「食べるのが楽しみだわ……!」
「…………」
(姉上……本当に甘い物が好きだな)
知らぬ間に完全にステファノに餌付けされているラヴィーニア。
早々に気付いて、ラヴィーニアに忠告しても、何のことやらといった感じで首を傾げていた。
どうやら甘いものには勝てないようで、毎回ステファノが持ってくるお土産を楽しみにしている。
最初の警戒心はどこへやら……。
脇の甘いラヴィーニアに、ハラハラする日々を送っている。
以前、隙の無い完璧な令嬢だった姉は、お人好しで和やかな性格に変わってしまった。
隙だらけだし、断れないし、困った人を放っておけない。
抜けているのに妙な所で変な度胸を発揮する。
そんなラヴィーニアになってから早いもので一カ月。
ルドヴィカも解呪に向けて動いているが、良い知らせは無かった。
過保護なのは自覚しているが、昔から姉は憧れであり、大好きな存在だった。
それなのに突然、冷たく突き放されて、どうすればいいか分からなくなってしまった。
また昔みたいに仲良くなりたくて、自分なりに努力していた時に、ラヴィーニアがこうなってしまった。
もうすぐ学園に通うようになってしまう。
けれどラヴィーニアが心配で仕方なかった。
どうすれば無事に学園生活を過ごせるのか……いつも考えていた。
そうなってくると、第一王子であるステファノが役に立ちそうではあるが、王太子となれば簡単に動く事はできない。
となれば同じ令嬢の仲間が欲しい。
けれど、以前のラヴィーニアは群れない、喋らない、近寄らないである。
故に、友達と呼ばれる令嬢は見た事ないし、家に連れてきた事もない。
かと言って、このままボーッとしている姉を学園に行かせるのは、些かリスクが高いし危険だ。
(……どうしたものか)
ぽや~っとしている姉を横目に考えていた。
「姉上……」
「フィン、どうしたの……?お腹空いた?」
「……空いてない」
「そうなの……?」
「以前の姉上の性格は覚えてるんだよね?」
「えぇ、勿論」
「今から前の姉上を演じてみてよ」
真剣な顔で此方を見るフィンに訳が分からずに、とりあえず頷いた。
ラヴィーニアのセリフは頭に入っている。
それに過去の記憶通りに、やれば良いのだ。
真似をする為に大きく息を吸い込んだ。