19.距離が近づいています
「お願いだ……!ラヴィーニア」
「……ッ」
「今はお前だけが頼りなんだ……」
「は、いぃ……」
断れない自分が嫌になる。
泣きそうになるのを抑えて首を縦に振った。
「良いのかっ……!?」
「……一応、お父様に聞いてみてからですよ?」
「ありがとう……!ラヴィーニア」
「ス、ステファノ殿下!?」
ステファノが嬉しそうに子犬を抱えながら、手を握り嬉しそうに微笑んでいる。
しかし、この状況はあまり良くないのではないだろうか。
「あの、手を……」
「す、すまない…………つい興奮して」
「……」
「……」
さすが乙女ゲームのセンターを飾るイケメンは、間近で見るとドえらい迫力である。
互いに視線を逸らした。
気不味い空気の中、子犬がワンと鳴いた。
*
馬車で移動する際も、ステファノはずっと子犬を離さなかった。
頬擦りしてみたり、優しく頭を撫でてみたり……ラヴィーニアに色々と質問しつつ、ずっと愛おしそうに子犬を見つめていた。
「名前はどうされますか?」
「……名前?」
「この子犬の名前ですよ」
「俺がつけるのか……!?」
「だってステファノ殿下が助けた子犬でしょう……?」
首を傾げながら言うと、ステファノは視線をサッと逸らした。
「ありがとう……」
「え……?」
小声で何か呟いたステファノの言葉が聞き取れずに耳を傾ける。
(名前が決まったのかしら……?)
「…………ノアにする」
「可愛い名前ですね!良かったね、ノア」
微笑みながらノアに言うと、ステファノは目を見開いて此方を見ている。
いつもは不機嫌そうなステファノの表情が、今日はコロコロと変わっていた。
「本当に……俺の知っているラヴィーニアとは似ても似つかないのだな」
「……そうですか?」
「すまない……」
「え……?」
「…………以前は、本当に申し訳なかった」
「んぎゃ……!?」
頭を下げるステファノに手は右往左往する。
それに王族が易々と頭を下げて良いものではない。
そしてプライドがエベレスト級の、あのステファノが真剣に謝罪をしている姿を見て慌ててしまう。
「あ、頭を上げてください……っ!!」
「……今までの事も、すまなかったと思っている」
「わかりましたから……!」
「ふっ…………"んぎゃ"って何だよ」
「そ、それは……その!」
「…………面白い奴」
まだ苦手な事に変わりは無いが、ステファノの表情は大分柔らかくなっているように思えた。
きっとノアのお陰だろう。
ロンバルディ邸に着き、王家の馬車から降りてきたラヴィーニアを見て愕然とするフィン。
しかも一緒に居るのはジューリオではなく、ステファノだ。
フィンはラヴィーニアを引き寄せると「……うちに何の用だ」と声を荒げた。
フィンを落ち着かせようと頑張っていると、子犬がワンと吠えた。
可愛いものが大好きなフィンはステファノの腕の中にいるノアに釘付けになる。
「どうしたの?その子犬……」
「怪我をしていたの。城では飼えないから此処で飼ってもいいかしら……?」
「うちで飼うってこと?」
「やっぱり、お父様に聞いてみなくちゃダメよね……」
「大丈夫だと思うけど、一応父上に確認を取るから待ってて」
風魔法でフィンに手紙を送ってもらうと、すぐにディエから『ok』と返事が来たのだった。
「……名前は?」
「ノアよ、ステファノ殿下がつけたの」
「チッ……」
フィンの容赦ない舌打ちを誤魔化しながらも、ステファノをサロンへと案内する。
王太子が突然来た事により、屋敷は騒然となっていた。
「…………ラヴィーニア」
「何でしょう?」
「ジョセフィーヌに、触りたいんだが……」
「ジョセフィーヌは庭で日向ぼっこしていますよ」
「触っても……いいだろうか」
「はい、勿論です」




