12.現実は厳しいです
(……しっかりしなくちゃ!ちゃんと嫌な時は嫌だって言うのよ!!)
そしてフィンが居てくれることの安心感にラヴィーニアは静かに息を吐き出した。
そして手を握りつつ、キリッとした顔を作る。
ジューリオはニコリと笑顔を浮かべたまま動かない。
隣国に行っていたジューリオが、ラヴィーニアをどこまで知っていて、どう思っているのかは分からない。
ステファノとアルノルドは愕然としながら二人の様子を見ていた。
仲が悪いと有名な姉弟が手を取り、寄り添う姿を誰が想像出来ただろうか。
「……本当に、あのラヴィーニアが」
「魔法の影響で、ここまで性格が変わる事があり得るのか?」
変わっているのではない……全くの別人である。
「おい、お前……!」
「ひっ……!」
ステファノは先程も怖かったが、間近で見ると更に怖い。
ゲームの中ではルートを選択しなければ関わる事は無かったが、今は強制的に目の前にいる現実……無理である。
萎縮した姿を見て思うところがあったのか、ステファノは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、不機嫌そうに小さく舌打ちをする。
遠回しにステファノとの婚約を望まれているくらい此方にだって分かっている。
けれども受け入れ難いのがステファノである。
「や、やっぱり無理……」
「なんだと……!?」
心の声が漏れる。
するとステファノが、すかさずドスの効いた声で反論する。
「……やめろよ、ステファノ」
「アルノルド……」
「違う御令嬢だと思って接した方がいいよ……確かにラヴィーニアだけど、中身は以前のラヴィーニアとは似ても似つかない」
「……だが」
「記憶はあれど、別人だよ」
さすが女心を掴むのが上手いアルノルドである。
それとも以前のラヴィーニアと正反対だからだろうか。
そういえば最後に会ったときは、無理矢理話を切り上げてアルノルドから逃げてきたのだった。
アルノルドは何か言いたげに、こちらを見ている。
「アルノルドはどうしたいんだ?」
「え……?」
「ラヴィーニアとの婚約をこのまま望んでいるのか?」
「…………僕は」
ステファノが問いかける。
アルノルドの瞳がゆらゆらと揺れ、困惑しているように思えた。
どんな理由があるのかは知らないが、アルノルドの行動を思い返してみると、女性と遊んでいたのはラヴィーニアと婚約破棄したいからなのでは……と思えてくる。
確かにラヴィーニアはアルノルドの行いを黙認していた。
誰にも何も言わなかったのだ。
その真意が何処にあるかは、今となっては分からないままだ。
(ラヴィーニアは、こんな時どうしただろう……)
ラヴィーニアとアルノルドは幼い頃は想い合っていたけれど、それがいつの間にか二人の心が離れていってしまった。
それに今は中身が変わってしまったので、アルノルドの事を好きな気持ちがあるかと問われたら、答えはノーである。
「……アルノルド様は、婚約を解消したいのでしょう?」
「えっ!?」
「そうでなければ婚約者が居ながら、他の御令嬢をエスコートしたり、デートしたりしませんもの」
「…………あ」
ゲームでは簡単に片付けられていたが、普通に考えたら酷い話である。
ラヴィーニアという素晴らしい婚約者が居ながらも、他の女性に現を抜かす……いわば女の敵である。
ゲームの世界では許されても、実際は許されない。
遊び人も俺様も、ゲームの中のキャラクターだから許されるのであって、現実で……実際に動いているとなれば、やはり微妙だ。
そして怒りのあまり、シナリオ通りにヒロインとアルノルドをくっつけるという使命と、慰謝料をブン取り幸せになるという目的は頭の中から消え去ってしまったのだった。