その唇
「あ、お前、は……?」
女は極彩色のカラフルな半面を付けていて、顔はよく見えない。民族衣装を着ているところを見ると、今日呼んである楽団の団員であることは間違いない。
その民族衣装の女が、リューンの手の傷をハンカチで手を押さえている。
リューンは、ぼんやりとした瞳でそれを見て、「すまないな、ありがとう」と言った。
その細く白い指。その手が離れていく。それを機に、今度は自分の手で覆っているハンカチを押さえた。サリーの侍女の一人が側に来て、白い清潔な布をマリアから受け取ると、包帯がわりに手に巻き始める。
その時、その様子を見ていたサリーが立ち上がり、リューンの近くに寄って、侍女の代わりに包帯を巻き始めた。
「まあ、サリー様。ご自分で?」
侍女がさっとどいて後ろへ下がり、二人手を合わせて、きゃあきゃあと言っている。
真剣に包帯を巻いていくサリーを見て、リューンは微笑み、ありがとうと礼を言った。
サリーは微笑みをその唇に浮かべながら、包帯を器用に巻いていく。そして、巻き終わった瞬間、リューンの手に。
唇を寄せた。
「……さ、サリー、」
リューンはすぐに手を引っ込めたが、二人の侍女はきゃあっと盛り上がって、飛び上がっている。
「サリー様は本当にリューン様をお慕いしているのですねえ」
好意を持たれていることは、薄々わかっていた。サリーに向けられる笑顔からも、伝わってくるからだ。
侍女の含み笑いに苦笑しながら、リューンはサリーに自分の隣の席を勧めて座らせた。
そして。
先ほどの民族衣装の女を目で探した。
手にはその女がくれた絹のハンカチ。血がついてしまっているため、そのまま返すわけにはいかない。
どうしようかと思案していると、隣の小部屋から数人、ぞろぞろと楽団の団員が入ってきた。
一人は弦のついた楽器とそれを奏でる弓を持っている。そしてもう一人は細い棒で鍵盤を叩く、打楽器のようなものを担いでいた。
先ほどの民族衣装の女。さっきは気付かなかったが、その面は動物を模してあり、色鮮やかに装飾されている。
リューンは、その色合いの艶やかさに心を奪われていくような感覚に陥った。
もちろん、この楽団は、サリーを喜ばすためにローウェンが用意したものだ。
(長らく、このような芸術に触れたことがなかったから、いい機会になった)
音楽も、実に十数年来、耳にしていない。この城では時々、マリアのパワフルな歌が聞こえてくるだけだ。
(ムイがいた時に、こうして音楽でも聞かせて、楽しませることができたなら)
リューンは胸の内で思った。
(きっと、ムイは大喜びで……このような楽器も物珍しそうにして、飛びつくだろうな)
じんっと胸の奥が疼く。
静かに演奏が始まった。
弦が奏でる、切なげな旋律。その音色がリューンの胸をこれでもかというほどに締め上げる。打楽器奏者が、細い棒で鍵盤を叩くと、不思議な金属音が、その音の余韻を伴って、部屋中に鳴り響いていく。
(ムイにも聞かせてやりたかった)
その時、楽団に動きがあり、リューンははっとし、顔を上げた。
真ん中に陣取っていた、半面をつけた女が、靴を脱いで裸足になったからだ。
(この子は、歌を歌うのだろうか)
面の下半分、すなわち口の部分は、その面に覆われていない。きっと歌うたいなのだろう、リューンが当たりをつけていたら、その通り、女は息を吸った。
どくっと心臓が鳴った。
その唇に、見覚えがある気がして、リューンの胸がざわりと騒ぎ始めていく。