空虚な心
「サリー様あ、良かったですね。このような豪華な宴を開いていただいてっ」
「本当に素晴らしいですわ」
サリーがにこにこと笑っていて機嫌が良いと分かると、二人の侍女は代わる代わる、サリーに話しかけた。
「リューン様に抱き上げられて帰った時は、そりゃあもう心配しましたよ」
「急に走り出して転んだと聞いて、驚きました。サリー様、走ったりするなんて珍しいですねえ」
侍女が声をひそめて、囁くように言った。
「でも、リューン様、すごくかっこ良かったですよ。颯爽とサリー様を抱き上げて。まるで王子様のようでした! サリー様もそう思いませんか?」
「そうですよ、あんなにサリー様にお優しいのですから、まだチャンスはありそうですよ」
ひそひそと話をしていると、リューンが宴席へと入ってきたので、口をつぐむ。
リューンはサリーに向かって挨拶をした。
「今回はここリンデンバウムの地にわざわざ足を運んでいただき、お礼を申し上げる。サリー、楽しんでいってくれ」
リューンは声を和らげると、サリーに笑いかけてから、席に着いた。
料理が次々に運ばれてくる。大広間に設置された長テーブルの上には、料理長のソルベが腕によりをかけた料理が並べられた。
「わあ、すごく豪華ですね!」
「美味しそう」
二人の侍女に挟まれて、サリーも食事を始めた。口から、料理がぽろっと溢れることもあるが、サリーは比較的、上手にナイフとフォークを使っている。侍女二人も料理に舌鼓を打ちながら、サリーの手助けをしている。
「サリー、美味しいか?」
リューンが話し掛けるが、サリーはそのままスプーンを口に運び続ける。
何も喋らず、何の反応もしないが、その佇まいは美しいものだ。
(ローウェンが褒めるのも、わかる気がするな)
リューンは苦く思った。
(けれど、ただ美しいと思うだけで……)
スプーンを皿に入れ、スープを掬う。
(心には何も響かない)
掬ったスープが、波打つ。
リューンはマニ湖の湖面を思い出した。ムイと見た、あの夕日に輝くオレンジ色の湖。その湖面を見るふりをしながら、隣にいるムイを盗み見たりした。
ムイの横顔に浮かぶ憂いの瞳。
美しいと思うのと同時に、愛しさが溢れてくるのだ。
それは自分の思いは一生ムイには届かないと思い込んでいた頃のこと。想いが重なり合った時は、心の底から奇跡だと思った。
「リューン様、この食事のあとは楽団をお呼びいただいているんですよね?」
はっと、顔を上げる。
ころころと転がるような声を上げて、侍女が浮き足立った。
「そうだよ、楽しみにしていておくれ」
リューンは掬ったスープを口に流し込むと、何度もそれを繰り返した。