思い出の中に住む
バラ園を抜ける。
足元が次第に青々とした芝生に変わり、サクサクとくすぐったい音をさせて、二人は歩いていく。天気も良く、少しぬるい風が吹いていて、心地が良い日だ。気分も良いし、今日は行けるだろうかと思いつつ、リューンはやはり直前で足を止めた。
視界には、白いガゼボが映る。
(どうやら今日も駄目らしい)
リューンはなるべく明るい声を出して、サリーに言った。
「あそこにあるのがガゼボだ。けれど特に何もないから、今日はもう引き返すとしよう」
リューンが踵を返すようにして戻り、握っていたサリーの手を引こうとした。その時、サリーはそれを振り払って、駆け出してしまった。
「あっ、サリー」
白レースのドレスをゆらゆらと揺らしながら、ガゼボの方へと走っていく。リューンはその後を追った。
「サリー、待つんだ」
「あっ‼︎」
サリーが足をもたつかせたかと思うと、ぐらっと身体を倒し、前に転んでしまったのだ。
「サリー! 大丈夫か?」
リューンが駆けつけると、サリーは前に倒れたまま、なかなか顔を起こそうとしない。
「サリー」
抱きかかえる。サリーはくるりとこちらに顔を向けて、少女のように笑った。リューンはその笑顔を見て、たいした怪我ではなかったのだなと、ほっと胸をなでおろした。
「サリー、俺に掴まってくれ」
リューンはサリーを抱き上げた。
ガゼボへと運んで、ベンチに座らせる。
スカートの下から覗くひざの傷から、赤い血が少し垂れていた。
「サリー、痛いか?」
怪我をしている足を持ち上げる。サリーは、なにがあったの? というように首を傾げているだけだ。そんな姿を見てリューンはクスッと笑うと、サリーの足についた砂を手で払った。
「そんなに酷い怪我ではないようだ。安心しなさい」
リューンはふと、ムイを思い出した。このガゼボはムイとの思い出がたくさんあり過ぎて、ムイがこの城を去って以来、足が遠のいてはいた。
(ムイが一度、裸足でここに居たことがあったな。その時、ムイもこんな風に足の裏を怪我していて……)
サリーのスカートについた砂を、さらに払う。
(俺が持ってきた靴は、ムイの足には大き過ぎて……)
手が止まる。
リューンは突然立ち上がった。
「サリー、もう戻ろう」
そう言うと、サリーの手を取って促す。
すると、サリーが手を引いた。ふと、リューンがサリーを見ると、悲しそうな顔を浮かべている。
「どうした? 足の傷が痛いのか?」
サリーは、うんとも返事をせず、リューンをじっと見ている。それは哀しみを含んだ瞳のように見える。
(俺がこんな顔をしているからかも知れないな)
自分がどんな顔をしているか、自覚はあった。だからこそ、このガゼボからすぐにも離れたかった。
「サリー、おいで」
サリーを立たせると、リューンはサリーを抱き上げた。
「サリー、悪いが俺にしっかりと掴まってくれ」
そして中庭を通り、心配顔で駆けつける二人の侍女にサリーを預けると、リューンはマニ湖を見渡せるバルコニーへと足を運んだ。
「ムイを思い出してしまった時は、いつもここの世話になるな」
涙が自然に流れた。