表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/205

恋慕の情


「お断りはしましたが、どうやら強行するようです」

「いつ、来るのだ?」

「二週間後のリューン様の誕生日に合わせて、いらっしゃるそうです」


リューンは、黙った。ムイが去って、二ヶ月が経とうとしていた。


「そうか」


短く返事をしただけで、気がつくと、物思いに耽っている。

少しの間、反応のないリューンを見つめていたが、痺れを切らしたローウェンが席を外した。


その様子を見て、リューンは苦く思う。


「あいつ、俺が腑抜け過ぎて、とうとう匙を投げたか」


リューンは苦々しい笑いを収めると、執務室の窓辺に立った。


素晴らしく晴れた、青空が広がっている。

つと、中庭のバラ園を見る。今はもう、バラは花を咲かせてはいない。


「それでも緑の葉っぱが、こうもくたびれて見えるとは」


雲ひとつない青空。目に眩しく映る。


「ムイは……ムイは、どうしているのだろう」


ライアンのいるブリュンヒルド城に、何度も何度も書簡や遣いをやった。縁談を断る手紙も送った。けれど、何事もなかったように、縁談話は進んでいき、ついにはトレビ領主の次女サリー=トレビアヌ本人を、誕生日に合わせて寄越してくるという。


トレビ領の次女の噂話は耳に入っている。外見は美しいが心の病で、内にこもっていると聞く。


(向こうにとっても俺にとっても、都合がいいと思っているのが、みえみえだな)


リューンはデスクの前に座った。引き出しから、小さな宝石箱を取る。中から、小さく折られた手紙を出すと、カサカサと音をさせて開けた。


「……ムイ、お前は今、どうしている?」


手紙を指でゆっくりと撫でる。


「元気にしているのか、笑っているのか? それとも泣いているのだろうか」


外で吹く風が、カタカタと窓枠を揺らす。


「もし、俺が他の女と結婚すると言ったら、お前は……きっと頬を膨らませて、怒るのだろうな」


(あの、グレーに縁取られた薄緑の瞳でじっと見つめてきて……そしてあの柔らかい唇を尖らせて、俺の名前を不服そうに呼ぶんだ)


——リューン様、どういうことでしょう? なぜそのようなことを?


涙が頬を伝った。


(それで……何度も俺の名前を呼んで、笑うんだ。意地悪なことを……バカなことを言わないでくれと、笑うんだ)


——リューン様、そんな意地悪なことを仰らないでください!


「ムイ、お前の名前の持つ力で、俺の忌まわしい力はもう無くなった」


——良かったです。これからはきっとお幸せになれますね。


「だから、もう俺を怖がることもない。安心して、俺の側にいていいんだよ」


——リューン様、いつまでもお側においてください……リューン様を……愛しています。


恥ずかしそうに俯く顔が。

伏せられる長い睫毛が。

まざまざと浮かび上がってくる。


閉ざされていた唇。解放されて言葉を発する、柔らかな声。低くもなく高くもない、耳に心地の良い声。


「ムイ」


嗚咽がこみ上げてきて、リューンは身体をびくびくと震わせた。


「お願いだ、ムイ。戻ってきてくれ。俺の側にいて欲しい。お前が俺の側にいないなんて、俺には耐えられない」


いつのまにか、手紙を握り込んでいた。

はっと、気がついて手を開くと、くちゃくちゃに丸まった手紙がころっと落ちた。慌てて、皺を伸ばす。


「……ムイ、耐えられない。愛しているんだ。俺の側に戻ってきてく、れ、」


涙は流れ続けたが、リューンはそのまま目を瞑った。


目を瞑ると、瞼の裏に浮かぶのはムイの笑顔。


「ムイ、お前に会いたい……」


机に突っ伏して横になると、リューンはそのまま、ムイを思い浮かべたまま、眠った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ