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胸の痛み


「ずいぶんと、歌を覚えたそうだね」


ライアンが久々に部屋を訪ねてきたので、ムイはやはりいつものように窓際に寄った。


「まだお前に信頼されないとは、僕もまだまだだなあ」


笑ってから、ベッドに座る。けれど、いつものような軽々しさと明るさはなかった。

ムイはいつもの様子と違うライアンに気がつきながらも、その場から動かなかった。


「お前をリューン殿の城に連れにいった時に連れてきた二人の男だが……」


ムイは身体を硬化させた。背の高い細身の男と、背の低い太っちょの男。気味の悪い、二人組。


ザイラの森で迷った時、名前を寄越せと迫ってきた。そして、ライアンの供でリューンの城に現れた時も、二人に腕を引っ張られたことを思い出した。


(あの人たち、まだいるんだろうか……)


ライアンの従者なのだから、当然この城にいると思っていたが、ムイがこの城に来てからは一度も遭遇していない。ほっと、胸を撫で下ろしていた。


「実を言うとあの者たちは、ワグナ国の国王の従者なのだ」

「えっ」


ムイは、声を上げた。ライアンが、その様子を見て、おや、と顔を上げた。


「ようやく、喋ったな」


けれど、あまりの驚きで、ライアンの言葉は頭に入ってこなかった。二人の従者が、国王の元から遣わされていたなどと、ムイには想像もつかなかったからだ。


「実は、僕の祖父は国王陛下本人から直々に頼まれて、お前を連れてくるようにと僕を派遣したんだ。だから、お前はもう少ししたら国王の元へと行かされる」


ライアンが座っているベッドが、ギシッと音を立てた。


その音で、我に返る。


「今のままではお前を国王の元に一人、送らねばならない。だから、と言ってはなんだが……ムイ、僕の妻にならないか?」


ムイはさらに驚いて、顔を跳ね上げた。驚きと動揺の中、ライアンは言葉を重ねてくる。


「そうすれば、僕も一緒に国王の元へと行ってやれる。国賓として、お前を連れていけるのだ」


ムイは慌てて顔を横に振った。


(そんなことをしたら、リューン様に嫌われてしまう)


動揺したまま、ムイは再度、顔を左右に振った。

心の中を見透かされたように、ライアンが迫る。


「前にも言ったが、リューン殿はトレビ領主の次女サリーとの縁談がまとまっているんだ。だから、お前は自分がリューン殿と結婚できると思わない方がいい」


ライアンの言葉に胸が痛んだ。痛みで、気が狂うのではと思った。


(けれど、リューン様がサリー様とご結婚されるとしても、私は……)


ぼろっと涙がこぼれた。その涙を手で受ける。手のひらに水晶のような水溜りが出来ていく。それを見ながら、ムイは思った。


(私は、それでも、リューン様が……)


「う、う……んうう、」


嗚咽が漏れるが、ムイは涙をぐいっと袖口で拭うと、口に手を当ててそれを我慢した。


(リューン様にいただいた声を、こんなことに使いたくないっ)


唇を噛んで、必死で我慢した。


「どうして、そこまで頑ななんだ? 僕と結婚すれば、一生幸せにしてやれる。ムイ、僕のために歌を歌ってくれ。お前の歌を聞いていると、心が安らぐのだ」


ライアンが立ち上がった。


「僕と結婚すれば、国王の元からも自由に帰ることができる。けれど、お前が一人で行くなら、もう戻ることもできないのだぞ。行ったら最後だ、王がお前を手離すわけがない。王の妃が今、病に臥せっていて、それでお前の力を欲しがっている。だから、妃の病が治るまで、お前を帰さないだろう……いや、治ったとしても……」


ムイが、後ろ手に窓に手を掛けた。


「妃の病をお前が治したとしても、二度と帰してはくれまい。お前の力は支配する者には、魅力的に映る。国中の領主を従えることができるのだからな」


窓を押し開ける。ブワッとカーテンを揺らして、風が部屋の中へと入ってきた。


「僕と結婚すれば、僕がこの城へ戻してやれるんだっ」


ライアンが声を上げる。


「国王の元に召し上げられる前に、僕の妻になれ」


ムイの中に絶望感が広がっていった。後ろへと後ずさりをする。窓の枠にどんっと背中が当たると、ムイは後ろを見た。

窓の外は、崖だ。


(これでもう、リューン様には一生、お会いできない)


涙が、ぼろぼろと溢れて落ちた。けれど、今度は手のひらで拾うことはできなかった。そのまま、窓枠に手を掛ける。身体を乗り出そうとした時、後ろからぐいっと抱き締められた。


「ムイっ‼︎ やめろっ‼︎」


ライアンが、ムイの身体を後ろへと引っ張っていく。ムイは、少しの間抵抗したが、次第にその力には抗えないと知ると、その場に崩れ落ちた。


「ううぅっ、んうっ、」


「ムイ、なんてことをするんだ」


背中にライアンの体温を感じて、再度抵抗する。けれど、腕ごと抱かれて、身体はビクともしない。


「そんなに僕との結婚は嫌かっ」


耳元で、抑えた声。


「そんなに、リューン殿を好いているのか」


愛しい名前が耳にするりと入り込んできて、ムイに至福をもたらした。


「……リューン様を……リューン様をお慕いしています、」


愛しげに、呟いた。それがリューン以外の者に聞かれた、歌ではない、初めてのムイの言葉だった。


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