真の名前が持つ力
「わかるか? 理解できたか? それがお前の力なのだ」
ライアンが見つめてくる目に視線を合わせて、ムイが納得してこくんと頷いた。
「お前は詳しくは知らないようだから言うが、お前のその名前の持つ力は、リューン殿と種類は違うが、要は同じものなのだ。どんな者にでも命令して、従わせることができる。王にでもなれる力なのだよ」
そう言われてもピンとは来ないが、これで自分の父親から、何度も同じことを言い含められていたことの意味を理解した。
(お父さんが言っていた。名前を誰にも教えてはいけない、と)
ムイは、父親から真の名前を教えてもらい受け、引き継いだ時のことを思い出していた。
「この名前はね、特別な力を持っているんだ。だから、誰にも教えてはいけないよ」
「誰にも?」
「ああ、誰にもだ」
「どうして?」
父はムイの頭に手を乗せて、続けて言った。
「この名前を持つものはね、王様になれるからだよ」
(そうだった。父も同じようなことを言っていた。それは、この名前を持つ者は、皆に命令して従わせることができるってことだったんだ)
ライアンが話を続けるのを、遠くに聞いている。
「リューン殿の持つ力は、相手の名前を手に入れない限りそれができないわけだが、ムイ、お前の力はその名のもとで成されるのだから、リューン殿の力よりはるかに上ということになる」
はっ、と笑ってから、ライアンは手を大きく広げた。
「さあ、名前を教えてくれ。お祖父様にも訊いてくるように、頼まれていてね。悪いようにはしない。名前を明け渡してくれた後でも、ちゃんとお前の身の処遇は考えてある」
(愛人にするって言ってたっけ……)
ムイは、苦く笑った。
それはもうしないと言ってはいたが、当てにはならないだろうと、ムイは感じていた。けれど、ムイにとっては、そんなことは重要ではない。
(リューン様には手をお出しにならないように、どうぞお願い申し上げます)
そう言って、名前を差し出す代わりにリューンの身の安泰をと、取り引きしなければならない日が、いつか来るのだろう。
リューンを人質に脅されでもしたら。
もうそこで観念して、名前を差し出さなくてはならない。
(けれど、それまでは……名前を守らなくちゃ)
ムイは、唇を引き結んだ。
その顔を見てライアンは、お前を説得するのも大変だ、と唇を曲げて言う。
「まあ、いい。ムイ、お前に会わせたい人がいるんだが」
おいで、と手を伸ばしてくる。
ムイが、そろっと警戒して近づいていくと、ライアンはくくっと笑いながら、ドアを開けた。
「そんな警戒した仔猫みたいな反応しなくて良いよ」
小刻みに笑う背中を追い掛けながら、ムイは長い長い廊下をついていった。
少しすると、廊下の装飾が質素に変わっていって、侍従たちの部屋だろうシンプルな部屋が続く先、一つの小部屋の前でライアンが立ち止まった。
ライアンは、ドアをノックすると、中から女性の低くくぐもった返事が返ってくる。
「シンシア、入るよ」