その強い意思を持つ
「ローウェン様、リューン様のご様子があまりにも痛ましくて……何とかなりませんでしょうか」
マリアにもソルベにも、そして極めつけにはアランにもそう乞われ、ローウェンもそれについては頭を悩ませていた。
(ムイの行方が分からない今、どうしようもできないのだがな)
ローウェンは苦笑しながら、書類を次々に片していく。
リューンはあれから書斎にこもってしまい、食事も部屋へと運ばせている始末だ。
「ライアンだっ‼︎ そうに決まっているっ‼︎」
そう憤っていたリューンの元に、一通の書簡が届いた。
もちろんそれはブリュンヒルド城に戻ったライアンからで、ローウェンはリューンが読む前に怒り狂って破り捨ててしまうのではないかという心配をしながら、リューンが封筒を破り開けるのを見ていた。
(もし、ムイを勝手に連れていったなどという内容だったら、リューンはブリュンヒルド城へと乗り込んでいくだろう)
視線を這わせて、リューンが書状を読んでいる。
(そうなった場合、私にリューン様を止められるだろうか)
ぴんと緊張の糸を張ったまま、その時を待った。
けれど、読み終わってからも、何も起こらない。リューンは少しの間、放心状態だった。
怪訝に思ったローウェンが、手紙をそっと取って、目を通す。
「こ、これは……」
ローウェンは顔を歪ませてから、リューンをどう慰めたらいいのかと、その言葉を考えた。けれど、一流の大学を主席で卒業した博識のローウェンでさえも、その慰めの言葉の欠片すら、見つけ出すことができなかった。この書簡は、それほどの衝撃だった。
「……ムイの字だ」
なぜ、そのようなことになったのかは、分からない。けれど、ムイの字ではっきりと、ライアンの元で暮らすということが、書かれていた。
ライアンによって強制されたのではなく、自分が望んでブリュンヒルド城で暮らすのだと。
「そんなのは……嘘だ」
虚ろな目で、リューンは弱々しく呟いた。
ローウェンが、続きに目を落とし、そして読み上げた。
「『これまでのご恩は一生忘れません』」
「嘘だ」
「『リューン様のご婚約をお祝い申し上げ……』」
「そんなのは、嘘だっ‼︎」
ローウェンの声は、叫んだリューンの怒声に遮られ、止んだ。
「そんなわけがない、ムイは脅されて、心にも思っていないことを書かされているだけだ」
「リューン様、」
「脅されているんだ、きっと今も怖い思いをしている、」
「リューン様っ」
「助けださないと……泣いて……」
「リューン様っ‼︎」
バンッとデスクを叩いた手が、跳ね上がった。驚いたような顔で、リューンはローウェンを見た。
「お分かりのはずですよっ‼︎ これはムイの意思ですっ‼︎」
ドスの効いた声が、リューンを射抜く。言い切ってから、ローウェンは、はあはあと大きく息を吐いた。背中が上下に激しく動き、そしてデスクを叩いた右手に、ジンジンと痛みが伴ってくる。
悔しくて悔しくて、今にも頭の血管が千切れるのではと思うほどの、怒りと憤りだった。ローウェンは自分がここまで歯痒い思いをしたことは、今までに一度たりともなかった。
ぎり、と歯ぎしりをしてから、スーツなどの佇まいを直すと、鼻から息を吹いてから、ようやくリューンを見る。
「……ムイの気持ちを汲み取って、どうぞご自分を抑えてください。くれぐれも自重してくださいますよう」
「…………」
呆然とするリューンを見て、ローウェンはこれ以上はないというほどの、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
「これはムイの意思です。たとえムイがリューン様を想った上でこのような選択をしたのだとしても、これがムイの選んだ道です」
ローウェンが部屋から出て、後ろ手にドアを閉めた。静かだった。不気味なほど、リューンの部屋もこの長く続く廊下も、静かだった。