告白
「すまない、忘れてくれ」
何度も謝って、ムイを部屋へと帰した。
ムイに嫌な思いをさせてしまったと落ち込んでいたその日の夜、ノックがしてムイが訪ねてきた。
「今日のことは、その、すまなかった。もしかして、そのことで?」
ソファに座ったリューンの隣に、ムイが寄ってきて座る。部屋着のポケットから紙を出して、リューンの手に渡してきた。
「手紙か?」
手紙をもらい、リューンは動揺してしまった。今日の自分のバカな言動に、抗議の手紙を書いてきたのでは、と勘ぐったからだった。
四つに折られた手紙を開けるのを躊躇していると、ムイが読んでと言わんばかりに、横から伸ばした手で、紙を開けていく。
「わ、分かった分かった、今読むから」
リューンは意を決して、手紙に目を落とした。
手紙には、思いもよらぬことが書かれていて、リューンは目を見張った。
「え、っと……ムイ、あんなバカな話を本気にしないで欲しいんだが」
リューンは、言葉を選びながら、ムイに話し掛けた。隣で、ムイが見上げてくる。その目が、あまりに真っ直ぐで、リューンはさらに混乱した。
「本当に、いいのか?」
ムイが、こくっと頷く。その表情はもう、心を決めたという強い意志が見て取れて、リューンはごくりと唾を飲んだ。
「おかしいことに、なりはしないだろうか」
不安を口にすると、ムイは顔を横に振った。大丈夫、とリューンの手のひらでなぞると、さらにリューンを真っ直ぐに見つめる。
「分かったよ。とにかく、やってみよう」
昼間に冗談で言った言葉を現実にする。
リューンは、ムイの真の名を口にした。
「リリー=ラングレー、」
その響きはもう、愛しいもののそれでしかない。リューンは恭しく、次を告げた。
「俺の、俺の名前を呼んでくれ」
リューンの唇が震える。
ムイと出逢ってから、どれだけそれを欲していただろう。心から、そうなれば良いのにと何度、願っただろう。
どれだけ、ムイの声が聞きたいと願っただろう。
そして……。
リューンは目を閉じた。水中を漂っているように広がっていく静寂の中、リューンは待った。夕日が沈む時間のマニ湖のように、気持ちは凪いで落ち着いている。
すると、耳へとするりと入ってきた音。それは声と吐息。
「リュ、ー、ン、さ、ま」
それは、ムイがいつもリューンの手のひらに書く文字のように、辿々しい音だ。
リューンは目を瞑ったまま、その音を堪能した。すると、鼻の奥がじんっと痛んで、じわりと涙が滲んだ。
「リリー、もう一度、俺を呼んでくれ」
涙が頬を伝って、流れていった。それでも、リューンは目を開けなかった。
「リューン、さま」
高くも低くもない、けれど何かの楽器でも奏でたような、そんな響き。それがするりと、リューンの中に入り込んできて、広がっていった。
ようやく、リューンが目を開けた。濡れたまつ毛が重く感じる。けれど、そこにあるのは愛しいムイの顔。
「お前を愛しているんだ」
心の底からの言葉を吐露すると、リューンはムイの頬を両手で包み込んだ。
「愛しているんだ」
そして、リューンは唇を重ねた。ムイが唇を震わせた。リューンは胸がいっぱいになり、深く息を吐きながら、ムイの首に唇を寄せた。そして、そっとキスをすると、そのまま肩へと唇を滑らせていった。
その時、リューンの耳へと声が届いた。その声は掠れて小さく、小さく、けれど耳の奥まで入り込んでくる。
「私も、愛しています」
リューンはその言葉を自分の身体の中へと押し込めると、ムイをその震える衝動とともに抱き締めた。