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もう手離せない


リューンはいつもの湖が見えるベランダで、夕日を見ていた。物思いにふけるのは、この場所が最適だ。


時々、ムイがひょっこりと現れるが、それもリューンには嬉しいことで、それを思い出してリューンは吹き出した。


「あの子は本当に、この城に詳しい。いつも、うろうろとしているのだと思うと、笑えて仕方がないな」


驚いたことがある。


この城には門番がいない。その代わりに馬小屋で馬の世話をさせているダリアンに、門周辺の見回りを任せていた。

ダリアンには門の近くに門番小屋をあてがってあるのだが、城から一番遠いこの小屋、ムイのような侍女にはまるで接点のない馬小屋でしか過ごしていないダリアンが、ムイを知っていたということに驚く。


ムイが行方不明になって、ザイラの森から連れ戻した時、リューンが抱えてきたムイをダリアンが貰い受けると、ムイ大丈夫かあ、まったくいつもお前にはヒヤヒヤさせられるわなあ、と小言を言うようにも仕切りに心配して声を掛けていたことを思い出す。


「ムイは本当に、この城の中を駆けずり回っているのだな」


さらに、笑いを噛みしめる。


「よく、歩く子だ」


その軽々とした足取り。ふわふわとして、今にも飛んでいくような。


(手を離すと、どこかへ行ってしまいそうだ)


考えて、どきっとする。


「いや、だめだ。もう……手離せないのだからな」


名前を握っているのだから大丈夫だと思うと、ほっと安堵の気持ちが湧いた。リューンは苦笑した。


(あれほど、嫌っていたこの力。ムイを確実に側に置いておけると思うだけで、こうまで安心できるとは……)


そうなのだ、命令すればすぐにもここへ来て、自分の言うなりだ。思い直して、はは、と力なく笑う。


(これでムイは俺の奴隷か……皮肉なものだ)


真反対のベクトルへと向かう二つの気持ちが、せめぎ合ってリューンを苦しめる。


そして、もう一つ。


(良かったと、思えることもあった)


真の名前を教えてからムイは頻繁に、リューンの部屋を訪ねるようになった。


トントンと控えめなノックをする。

リューンが入れと声を掛けると、ドアを薄く開けて、顔を覗かせた。それも遠慮がちに覗いているので、リューンは失笑しつつ、おいで、と呼ぶ。


笑顔を浮かべながら、近くへと寄ってくるムイが愛しくて仕方がない。


リューンは、ムイの真の名前を握っている事実を悲しみ、そして苦しんだ。


けれど、こうして自分を慕ってるからこそ自ら名前を教えてくれたのだと思うと、今度はその幸福感で胸を躍らせる。


「もしお前の名前を呼んで、俺が話をしろと命令したら、お前は喋れるようになるのだろうか」


ソファに座るムイに向かって、軽い気持ちで冗談を言った。


ムイの曇った顔に、バカなことを言ったと後悔して、リューンはすぐに否定した。


「すまない、忘れてくれ」


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