みすぼらしい少女
リューンの前にひざまづいた男は、頭を垂れながら、帽子を脱いだ。
「ご領主様、こいつを雇っていただけませんかねえ」
隣には同じようにひざまづいて、少女がこうべを垂れ俯いている。黒ずみ薄汚れたワンピースを、小さな手でぎゅっと握りしめていた。
そのみすぼらしい少女の姿を見て、ローウェンが直接、本人に会って欲しいと言った意味が分かったような気がした。
「……幾つなのだ」
リューンが尋ねると、すかさず男が帽子を握り直しながら答えた。
「十六くれぇです」
おやと思った。幼い外見の割に、歳がいっている。食事を満足に食べさせてもらえていないのだと分かる、その小柄で細い外見。所々が破れたワンピースから伸びる腕は、棒切れのように細かった。
「お前は父親か?」
「いえ、あっしはこいつの父親の知り合いで。知り合いって言っても、そんな親しいってわけじゃねえのに、こんな役立たずを押し付けてきやがって……っと、すんません。や、役立たずなんて言葉のアヤでさぁ。よーく働きますよ。そりゃあもう、馬車馬のようにね」
リューンは呆れながら、もう一度、少女を見た。
顔には煤を塗ったように黒い汚れがべっとりとついていて、それを慌てて拭ったような跡があった。どうやらここへ来る直前に、布か何かで拭こうと試みたようだ。この全身を見れば、一見で最悪な環境で育ったことが分かる。
リューンとは一定の距離があったため、鼻には届かなかったが、近づけば臭いがあるだろうことは想像に難くない。
けれど、それより何より、リューンの癪に触るのは、育ての男の下卑た態度だった。
「すいませんねえ、愛想もなんもねえことで。おい、おめえももっと頭を下げろっっっ」
小声で言いながら、少女の頭を押さえつけている。そして、パシッパシッと何度も平手で小突くと、自分も床に頭を擦りつけるようにして、頭を下げた。
「こいつの父親に、こいつの世話を無理矢理押しつけられて、まあ困っちまいましてねえ。へへ。この通り、あっしも余裕があるわけじゃねえんで。食いぶちが一人増えちまっただけで、途端に立ちゆかなくなっちまって」
「……俺の噂を知っているか?」
「え、あ、っと」
顔を上げずに男が言い淀んだ。
「まあ、大体のことは……いや、えっとそっちの執事さんに一通りは聞いておるんで、まあ」
「ここで一生働くことになるぞ、それでもいいのか?」
「ええ、ええ‼︎ それりゃあもう、それこそ願ったり叶ったりでさあ」
「……お前に訊いているのだぞ」
リューンが少女へと、厳しい視線を向けた。少女も男と同じように、床に頭をつけている。
「こいつもそれは承知しておりますんで」
「顔を上げろ」
少女は素直に顔を上げた。唇が引き結ばれ、眉はハの字になり、今にも泣きそうな表情を浮かべている。けれど、視線は合わない。じっと、床を見続けているからだ。
リューンはその様子を見て少しイラつきはしたが、相手はまだ子どもだと自分に言い聞かせて、溜飲を下げた。
「お前はいいのかと訊いているのだ」
「…………」
隣の男が痺れを切らし、持っていた帽子で少女のこめかみを叩いた。
「おい、ご領主様に返事しろっ。お前は何にでも頷いてりゃあいいって、何度言やあ分かるんだっ‼︎」
けれど、少女は泣くでもなく怒るでもなく、唇を噛み締めながらただひたすらその男の横暴な態度に耐えた。
「この城で一生、働かされるのだぞ」
リューンは声を低く抑えて、もう一度問うた。
すると、少女はこくっと顎を打った。それは自分の意思なのか、隣で睨みをきかせている男の意思なのか、分からないほど弱々しいものだった。