命令
「ムイを一緒に連れていきます」
強気に言い切るライアンを前に、リューンは冷静であろうとしていた。
先にローウェンから情報を耳に入れていたため、さらなる驚きはなかったが、こうして面と向かって主張されると、カチンと頭にくる思いしか生まれない。
「何をバカなことを。ライアン」
いつもは極力言うのを控えている、相手の名前を声にする。威嚇の意味もあったがそれが功を奏したのか、ライアンはその声に少しだけ顔色を変えた。
「こ、これは祖父ブリュンヒルドの命ですので……きいていただかねば困ります」
怯んだ声に被せるように、リューンが声を上げた。
「どういうことだ、説明しろ」
んっんー、と一つ咳払いをし、ライアンは座っていた椅子を下げて、立ち上がった。机の中央に、ポケットから出した一枚の白い紙を放る。それをローウェンが取り上げ運び、リューンの手元に差し出した。
リューンは、それを取り上げると、一読し、そして言った。
「これは、どういうことだ?」
「そこにある通りです」
「どうして、叔父上がムイのことを知っているのだ?」
「私が手紙を出したのです」
「ムイを気に入ったと?」
「はい」
このまま永遠にやり取りが続くような気がして、リューンは少しの沈黙の後、息を整えた。
「ムイはこの城の侍女だ」
「しかし、リューン殿はムイの名前は握ってはいない」
「…………」
「それなら、ここから出ていくこともできるはずです」
「悪いが断る」
「祖父の命令でも?」
「…………」
リューンが唇を噛んだ。
「お祖父様の命には逆らえません。当然ながら、この私も然り、です。そしてそれはリューン殿も同じのはずです」
リューンは思わず立ち上がると、客室から出て、執務室へと戻った。
ローウェンが後からついてきて、リューンの様子を伺う。リューンは考え込むようにしてイスに座ると、デスクに両ひじを立てて、手を固く握りこんだ。
「くそっ、こんなおかしな話があってたまるかっ‼︎」
ドンっと机を拳で叩く。
「ライアンはこの城へと来てまだ間もないのだぞ。こんな短期間でムイを見初めて、伯父上に手紙をやるなんて、そんなことできるわけがないだろうっ」
「しかも、お返事までもらっているとは、用意周到といいますか……」
「くそっ」
「リューン様」
ローウェンと視線が合う。
「……何だ? 言ってみろ」
「知っていた、とは考えられませんか?」
お互いの怪訝な視線。二人のそれは、さらに何かを探るような真剣なものになっていった。
「まさか、最初から? それが目的なのか?」
「あり得ます。というか、そう考える方が筋が通ります」
「どうしてなんだ」
「ムイの何かを狙って、ということでしょうか」
「何かとは……なんだろう」
ローウェンが、肩を上げる。
「それは、わかりませんが」
「だが、初めてここへ連れてこられた時だって、ムイは何も持っていなかったぞ」
リューンが考え込むように、眉根を寄せる。
「今だって、そう特別なものは持っていないはずだが」
ローウェンも同じように考え込んでいる。
「とにかく、ムイを連れていかせはしない。けれど、ライアンの名前を握るわけにもいかない。しかも名前を握っていない状態で、このまま置いてもおけない。早急に帰ってもらおう」
名前を提供しない者。それはリューンの力が及ぶこの城の中において、長期間滞在することはできないのだ。名前を隠したり、違う呼び名で呼んだりするだけで、身体を壊して弱っていってしまうからだ。
(そのうち、体調が悪くなってきて……まあ尻尾を巻いて逃げ出すに決まってはいるが)
「その時、ムイを強引に連れていくかもしれません」
ローウェンも自分と同じ考えに辿り着いたと知り、リューンは眉をひそめた。