裸足で
さすがにもう追っては来ないのを、何度も後ろを振り返って確認すると、ムイは軽く息を乱しながら、ガゼボに駆け込んだ。ベンチに座って息を整えていると、後ろでさくさくと足音がして、飛び上がる。
立ち上がって振り返ると、そこにリューンが立っていて、ムイはほうっと安堵の息を吐いた。
「なんだ、どうしたんだ? 急いでいたみたいだから、何かあったのか、と……」
朝の散歩の時間だ、そう思うと、ムイの心は軽くなった。けれど、それと同時にリューンが手紙を破り捨てたあの日のことを思い出した。
途端に、心が翳っていく。
リューンの顔を真っ直ぐに見ることができず、ムイは視線を下に落とした。
その視線を追って、リューンもムイの足元を見る。
「足をどうした、なぜ、裸足なんだ? 靴はどうしたのだ?」
もじ、と足を小さく動かす。
「何か、あったのか?」
まさか、リューンの親戚のことを嫌ってる、などとは話せない。
ムイは、顔を横に振った。
「……そうか、それならいいんだ」
けれど、リューンは視線を外さない。ムイは、唇を噛んで足の痛みを我慢した。
「ムイ、指先から血が……大丈夫か」
リューンがガゼボに入ってきて、ムイをベンチに座らせる。ムイの足を手で掴むと、足首を捻って足の裏を見た。
「少し、傷になっている」
リューンの手の温もりが伝わってきて、ムイは先ほどまで冷えていた心も、温まる思いがした。
(やっぱり、リューン様はお優しい)
ムイは、リューンの顔を見つめた。
すっと通った、高さのある鼻梁。伏せられている睫毛は長く、深い黒の瞳は、黒曜石のような宝石がはまっているようにも見える。くるくると波打つ金髪は、ところどころ、ぴんっと跳ねており、同じ金色の太い眉は、その生命力を表しているようだ。
これだけ近い距離でリューンをまじまじと見るのは初めてで、ムイの心臓は次第にドキドキと早鐘のように打っていった。少しだけ、息苦しくなる。ムイはそれでも、目を離さなかった。
足を覆う、大きく骨ばった手。その大きな手が、足についた砂を不器用にもパッパッと払う。
「ここで、少し待っていろ」
そう言われて待っていると、リューンが靴を抱えて戻ってきた。
「俺のものだから、少し大きいとは思うが……」
濡れたタオルで、足を清潔にしていく。ムイは自分でやろうと手を伸ばしたが、リューンはその手を押し退け、俺がやるから大人しくしていろと言って、タオルを渡さない。
「ほら、靴を履いてみろ」
ムイが、靴に足を滑り込ませる。すると、それがあまりに大きくぶかぶかであったため、足を上げようとすれば、すぐに脱げてしまう。コロンと転がった、焦げ茶色の革靴。
「あ、くそっ。やっぱり大き過ぎたか」
リューンが、怒り口調で、顔をしかめる。
(こんなの……どう見ても、大きいってわかるのに)
ムイは、リューンのその顔がなんだか可笑しくなり、目を細めて笑った。
「なんだ、お前は今、俺の失敗を笑ったのか?」
むっとした顔。ムイが、さらに笑うと、リューンは顔を真っ赤にして怒った。
「こ、これしか靴がなかったのだ」
ムイが、こくっと顎を打つと、リューンがさらに言い訳を始めた。
「衣装部屋までは遠いから、部屋に予備として置いてあるものを持ってきたんだ。急いでいたし、履けるものならなんでもいいだろうと思って。それで、何も考えずにこれを……」
突然、黙ってしまう。けれど立ち上がり、ムイの隣に座ると、懐から何かを取り出した。
「少し、話をしてもいいか?」
お互いに神妙な顔を浮かべていた。