すべて枯れてしまえ
「リューン様、ここで働かせてほしいという者が……」
「俺のことは知っての上でか?」
「……はい」
「空きはあるのか?」
「料理の片付けにもう一人欲しいと、マリアに頼まれてはいました、が……」
珍しく言葉を言い淀むローウェンに、リューンは引っ掛かりを感じながらも、「契約書は見せたのか?」と問うた。
「ええ、まあ」
「一生、ここからは出られんぞ。それで納得しているなら、雇うがよい」
「承知しましたが……リューン様、直接お会いしていただけませんか?」
「お前が良いというならそれでいい」
「……ですが、」
「ローウェン。もういい。下がれ」
リューンに名前を呼ばれただけで、ローウェンの身体に力が入ったことが見て取れた。それ以上の言葉は、ローウェンの口からはもう出てこない。唇を結んだままお辞儀をし、執務室から出ていく後ろ姿を見て、リューンは深いため息を吐いた。
(忌々しい力だ。相手を支配して、どうするというのだ。言いなりになるものをかき集めて、国でも作ろうというのか? この呪われた城のように)
書きかけであった書類を手前に引き寄せ、ペン先をつける。しかし、すぐにペンを机に叩きつけた。高級な羽ペンが、床に落ちて転がっていく。
(また一人、囚われのものが増えるというわけだ)
ふっと、自嘲の笑みを浮かべる。リューンは立ち上がり、窓辺へと寄った。
窓からは城の広大な庭が見渡せる。正面に据えてあるこの広い中庭は、先代、先々代とこの百年ほどの間は、特に力を入れて整備されてきた。
リューンに庭や花々を愛でる趣味は無かったが、雇い入れた庭師の腕が良く、一年中常に美しい庭園が保たれている。
今はバラが見頃で、時々こうして窓辺へと寄っては、見下ろし眺めていた。
「さて。花にも名があるのだから俺が呼べば、花でも俺の言うなりになるのだろうか」
窓に手を掛ける。
「アンバークイーン」
アプリコットイエローの美しいバラの名を呟き、手の中に握る。それからリューンはその名前を再度、飲み込んだ。
そして。
「すべて枯れてしまうがいい!」
思いの外、きつい声色になったことに小さく驚いた。
けれど、バラはどうにもならず、引き続きその美しさを保っている。
「はは、やはり人にだけの効力なのだな」
その時、がたっと背後で何かの音がした。
「誰だ」
リューンが振り返ると、部屋のドアが少しだけ開いている。その間から覗く、白い指先。
「誰だと、言っているのだっ」
リューンが近づくと、指先は滑るように、するっと消えた。
リューンはそれを追ってドアに近づき、そのまま廊下へと出る。
すると、パタパタと足音をさせて、少女が駆けていく後ろ姿が見えた。
白いワンピースがひらっと舞う。
けれど、その白色はそれが本来の色なのかどうかが分からないほどに、所々黒く汚れてくすんでいる。素足。ぼさぼさの黒髪。
「おい、待てっ」
リューンは声を上げたが、少女は走り去ってしまった。
「何だ、あれは」
リューンは部屋へと戻ると、「ローウェンっ」と執事の名を呼んだ。