自分の想いを伝えるということ
「ムイ、手紙をありがとう」
隣に並んで座るアランが遠くを見つめながら言うのを、ムイは胸を痛めながら聞いている。
「君の気持ちはよくわかったよ。君の意思を尊重して、今回の結婚はやめることにしよう。でも、俺は諦めない。ムイのことが好きだから、絶対に諦めない」
アランが手を振って帰っていく。
ムイはその後ろ姿を見送りながら、手にした如雨露を抱え直した。
(返されちゃった……)
「ごめん、手元にあると、ムイのこと考えちゃうから」
(自分の想いを伝えるということは、人の想いを否定するってことでもあるんだ)
アランとは、想いは交わらなかった。
(気持ちを通わせることって、難しいんだな)
リューンに手紙を破られたことを思い出し、薄っすらと苦く笑う。
(……本当に、難しい)
「ムイ、何をしているのですか」
見上げると、そこにローウェンが立っていた。
(あ、勉強の時間、)
今気がついた、という顔をすると、ローウェンが呆れた顔をして言った。
「お前も色々と大変だとは思いますが……今回のことについては、良い判断だったと思いますよ」
結婚をやめたことを言われていることは、わかっている。
「お前が名を持たぬ者で良かったと、心底思いました。リューン様も、無理強いは望んでいないはずです。それなのにあの人ときたら……」
言葉を止めて、ローウェンは、ムイをちらと見て言った。
「何を笑っているんですか、ムイ」
眉を片方だけ上げると、ローウェンは声のトーンも一段上げてから、言い放った。
「さあ、ムイ。勉強の時間ですよ」
ムイは慌てて立ち上がると如雨露を抱え直し、早足で去ろうとするローウェンの後を、追いかけるようについていった。