心から愛する人へ
『親愛なる リューン様』
リューンは頭の中で、今も鮮明にまぶたの裏側に残る文面を広げて、何度も何度も反芻した。花柄の便箋に丁寧に書かれた、けれど生まれたての小鳥のように初々しい、その文章の、文字の、辿々しさをも思い出すことができる。
『いつも私のようなものに、お心遣いをいただきまして、ありがとうございます』
「一丁前に、挨拶もできるようになったのだな」
『リューン様がお決めになったアランとの縁談ですが、どうぞご容赦くださいますよう、お願い申し上げます』
「……どうして、断るのだ?」
『どうしても、お受けすることはできません』
「それでは、俺が困るのだ」
『それと、もう一つ、お願いがあります』
「俺を……俺のことをそんなにも困らせたいのか?」
『これからも、リューン様のお側に、置いてください』
「……そんなことはできない」
『掃除でも、洗濯でも、なんでもやります』
リューンは、両手で顔を覆った。
「できない、もうこんな想いでお前を側に置くことはできないんだっ」
アランとのキスを見た時。
リューンの心は凍るように冷たくなった。
「いや違う、生きながら火あぶりにでもされてる心地だった」
自嘲する。
嫉妬だ。
嫉妬の炎が醜い自分を覆い、燃えさかって、そして。
じりじりと焼かれて死んでいくのではないか、気がふれるのではないかと思ってしまった。このままでは狂ってしまうと。
リューンは、それに耐えた。
結婚し夫となれば、キスくらい当たり前だと、何度も言いきかせた。
けれど、それと同時に、ムイの唇はアラン、お前の唇より先に俺の耳に触れたのだ、などと言いきかせて、自分を慰めたのも事実だ。
そして、結局は。
命じて、やめさせた。
(愚かだ、愚かすぎる。なんという醜さだ)
顔を覆っていた両手に力を込める。
(ムイを側に置いて、こんな愚かでみっともない所業を、いつまでも何度でも繰り返すのかっ)
手紙を破り捨てた時の、あのムイの悲しそうな表情。悲しみに沈む瞳が、引き結んだ唇が、立ち尽くした姿が、目に焼きついて離れない。
傷つけてしまった。傷つけてしまったのだ。
(けれど、俺にはできない。ムイを側に置いて、この狂いそうになる痛みに耐えるなんてことは……俺には到底できない)
いつのまにか小刻みに震えていた手を、ゆっくりと握ると、リューンは同じように震える息を、細く細く、吐き出した。