表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/205

幻惑の森


「くっきりと手の跡がついてるな」


そっと触れた指先の体温を、首の辺りに感じる。


リューンの声で目を覚ますと、ムイは近づいて来たリューンの顔を見て、どきっと心臓を跳ね上げた。リューンの顔の位置からして、ベッドの横に置いた椅子に座っているようだ。


「ザイラは幻惑の森だ。幻で人々を誘う。これからは気をつけるのだぞ」


頷こうとするが、思うように動かない。その首の痛さに、ムイは顔をしかめた。


「ん、どうした? どこか、痛むか?」


リューンの顔が、心配そうに、さらに近づいてくる。


「熱でもあるのか、顔が真っ赤だぞ」


リューンも寝起きなのか、普段は上げている前髪が、いつもと違って額に下りている。リューンの顔をこのように近くでまじまじと見るのは、初めてだった。


ムイは恥ずかしくなって布団に潜り込んだ。すると、リューンがはあっと、細く息を吐いた。その溜め息に、慌てて顔を出す。


リューンは目を伏せ、優しさを帯びた声で「アランを呼ぶか」と問う。

驚いて、ムイは首を横に振った。


リューンはほっとした様子で、顔を離していった。


「そうだな、お前のその首の跡を見たら、きっと卒倒してしまうだろうな。お前の身体に、こんな青あざを作ってしまうとは」


けれど、突然、リューンは眉をひそめて言った。


「だが、どうしてこんなことになったのだ。この城を出て、何処かに行こうとしていたのかっ」


怒った声が、もう恐さを含んでいない。


ムイは、リューンを見た。初めて会った時は、あんなにも恐怖を感じたのに。粗相をしてしまうくらい、怖くて怖くて仕方がなかったというのに。


ムイがじっと見つめていると、リューンがさらに眉を吊り上げた。


「ムイ、お前は今、俺に怒られているのだぞ。なんだ、その顔は」


その言い方がなんだか可愛らしく、ムイはふふっと笑ってしまった。


「どうして、笑うのだ」


怒っていると主張はしているが、リューンの頬も口元も、やはりムイと同じように緩んでしまっている。

リューンは、ムイをじっと見つめて言った。


「もう一度、俺の名を呼んでくれないか」


ムイは軽く頷いてから、リューンさま、と唇を動かした。きっと、リューンは喜んでくれるし笑ってくれる、そう思って、ムイはリューンの反応を待った。


けれどリューンは、ムイの唇の動きを見ると眉をハの字に下げて、もう一度呼んでくれ、そう言って耳を近づけてくる。


(声は、出ない。聞こえない、のに)


ムイはそう思ったが、リューンの耳に向かって、リューンさまと口を動かす。


リューンの耳に、ムイの唇が触れた。


ごくっと唾を飲んだ音とともに、リューンが背けていた顔をゆっくりと戻した。そして、そのままお互いの顔が急接近して、ムイの心臓は止まりそうになった。


その瞳。リューンの、黒く澄んだ瞳。漆黒の瞳が、ムイをじっと見つめる。いつのまにか、ムイも見つめ返していた。


(リューン様)


リューンの瞳に吸い込まれそうになった時。

ガタっと、リューンが急に立ち上がった。


「……もう少し、眠ったほうがいい」


書棚の方へと足を向け、さっさと行ってしまう。その背中を見て、ムイは寂しさを覚えた。


(もう少しだけ、側にいて欲しかった)


その時、バタンっとドアが勢い良く開け放たれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ