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役立たずな口


(怖い、助けて、誰か)


叫びたいけれど、声も出せない。うんともすんとも音を発しない舌と喉。怒りのままにその役立たずの喉を掻きむしりたい衝動に駆られた。


(声が出せたら、話せたら、喋れたら、どんなに良いだろう。もし声が出るのなら、リューン様、あなたの名前を呼びたいのにっ)


何の取り柄もなく、これっぽっちの自信もない自分。そんな自分を、ムイはいつも情けなく思っていた。


(自分は何のために生きているのだろう)


誰の役にも立てない、立っていない。ムイはそんな無力感と絶望感に苛まれた。


(私なんて、誰にも愛されずに死んでいくんだ。役立たずな私なんて、誰も……)


何かの衝動がムイの中で巻き起こった。

ムイはその衝動に身を任せ、自分の喉を手で掴んだ。その手にぐっと力を入れる。


(こんな汚くてなんの役にも立たない口など、死んでしまえっ)


怒り。手にぐっと力が加えられた。


みるみる、血が上っていく。ドクドクと脈打つ、首の血管。指に、その血管が脈打つ振動が、響いて伝わってくる。


徐々に意識が薄れていく。


その時。


「ムイっ、ムイ‼︎」


聞き覚えのあるその声。懐かしいような愛しいような。そんな声が自分の名前を呼ぶ。


気がつくと、温かい体温。そして、ガクンガクンと波打つ、身体。


目を薄っすら開けて、見上げると、リューンの黒い瞳があった。


「ムイ、大丈夫か」


途端に、ひゅっと喉が鳴って、息苦しくなる。喉に痛みと圧迫感を感じ始め、ごほごほと咳き込んだ。


「どう、どう」


背中から抱き締められていたリューンの腕が、ぐぐっと動く。ヒヒンという馬のいななき。馬に乗せられているのだと、そこで気がつく。手綱を引き寄せたのだろう、リューンとの距離が近づいて、ムイは頬にかかるリューンの息を感じた。


ぶるぶるっと馬の荒い息と、カツカツと蹄が鳴る音が聞こえると、ムイは意識をようやくはっきりとさせていく。


「平気か、ムイ。俺が、わかるか?」


(リューンさま)


声は出なかったが、唇は動いた。それを見たリューンが、目を細めて頬を近づけてくる。温かい温もりのある、頬だった。


「ムイ? 今、俺の名前を、名前を呼んでくれたのか?」


力強いリューンの腕で、ムイは安堵を覚えた。涙は出なかったが、頬が乾燥してヒリヒリと痛んだ。


「もう大丈夫だ、ムイ。もう大丈夫だぞ」


声を聞きながら、ムイはリューンのそれに触れていた頬を、さらに擦りよせた。

その体温。


(怖い夢から救ってくれた、リューン様、リューンさ、ま)


ムイはリューンの胸の中で安心し息を吐くと、そのまま意識を手放した。

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