行方知れず
「ムイは、どこへいったんだ?」
このソルベの一言で、城中が大騒ぎになった。いつも、夕食の支度までには時間ぴったりに仕事場に戻るムイが、時計が一時間ほど回っても戻らない。
「アラン、あんた知らないのかい?」
「ミリアさんの店を出てから、見ていないんだ。けれど、もうとっくに城に戻っていると」
濁したような言い方に、マリアはアランと何か結婚について揉めでもしたのだろうかと、邪推した。
「と、とにかくローウェン様に、」
「ローウェン様にはもう伝えてあるんだ」
「わしらもそこら辺を探しに行こう」
「でも、夕食の準備が……」
「リューン様に頼んで、遅らせてもらおう」
その話を聞いたリューンは、驚いて声を上げた。
「ムイが、ムイが帰っていないだと?」
絵に描いたような顔面蒼白。ローウェンは苦く思った。
(だから、リューン様には伏せておきたかったというのに。ソルベたちめ)
それでも鉄面皮を崩さず、ローウェンは言った。
「今、皆で探しております」
「ミリアの店で会ったのだ。アランと一緒に買い物に来ていて、それから俺は……アランはなんて言っている?」
「その後、ムイが急に走り出して、どこかへ行ってしまった、と」
「アランは、何をしているんだ。どこかへ行ってしまっただとっ‼︎」
「皆で探しておりますゆえ、」
「俺も、探しにいく」
ローウェンは、面倒くさいことになったと、両手を上げてリューンを制止した。
「お待ちください、すぐに見つかります」
「何を言ってる、ザイラの森にでも迷い込んだら、どうするんだ」
自分で言っておいて、リューンは更に顔を青くした。
上着を羽織って、ドアへと突進する。
「馬を用意しろっ‼︎ ローウェン、馬だ、馬を用意しろと言っているっ」
「リューン様っ」
声は上げるが、身体は言うことをきかない。ローウェンの身体は、馬小屋に向かって強制的に歩かされている。観念した。
「ダリアンっ、リューン様の馬の用意をしろっ」
いつもならこのような時間に馬を使うことは皆無に等しい。馬の世話係を任されている仕事終わりのダリアンは、食事をしながらゆっくりと本を読んでいた。
突然のローウェンの声にビックリして机に乗せていた足を跳ね上げると、転がるようにして、小屋から出てくる。
「一体、何があったんでさあ?」
ダリアンは、慌ててリューン専用の鞍を抱えた。馬小屋へと飛んでいって、鞍を掛けると、腹帯を力強く締めた。
「ムイが行方不明になっている」
「あの喋れねえ子かあ? どこ行ったんだあ」
ローウェンがことの詳細を簡易に話すと、その場へリューンが小走りでやってきた。手にはランタンを持っている。
「馬の用意はできているか?」
その慌てた様子に、ダリアンはへいっと返事をし、馬の手綱を引っ張って落ち着かせ、そこへリューンがひらりと飛び乗った。
「俺は、ザイラの森の方へ行く。お前たちはそれ以外の場所を探すのだっ」
ローウェンが手綱を引き、手渡しする。
「リューン様、お気をつけて‼︎」
「ローウェン、頼む。ムイを……ムイを見つけてくれ」
ローウェンは、はっとした。
リューンはそのまま手綱を握ると、馬道へと出て、走っていった。
(初めてだ……)
ローウェンは、暗闇の中へと消えていく、そのリューンの後ろ姿を見つめていた。
(命令ではなく、頼みごとをされるとはな)
ローウェンの中に、軽い驚きがあった。ムイをそれほどまでに大切に思っているのかとも思う。それなのに自ら手離そうとするとはと考えると、ローウェンの鉄の心臓も、きりっと痛む思いがした。