触れ合う速度
(手紙はいただいた便箋ではなくて、自分のお給料で買ったものがいいな)
ムイは、懐にちゃりちゃりとコインの鳴る音を感じながら、軽い足取りで城を出た。小道を曲がって店に近づいていく。ムイは給金を手にしてから、ちょくちょくこの未亡人ミリアの店に、買い物に来ていた。
美人で明るいミリアに好感を持っていたし、買い物も気軽に相談に乗ってくれる。この日もムイは手紙を書く便箋について、リューンにどのような好みがあるのか、尋ねてみようと思っていた。
いつものミリアの高笑いと、聞き覚えのある低い声が耳に届いてきて、店の前でつと、足を止めた。
(あ、れ、リューン様?)
窓から覗くと、ミリアとリューンが向かい合わせで座っている。ミリアの冗談に、リューンが身体を揺らしながら、しきりに笑っている。胸がぎゅっと絞られるのを感じた。
(あ、そうか。サラが言っていたっけ。ミリアさんに取られたとか、なんとか、……こ、恋人同士だったんだっけ)
もう一度窓から覗くと、リューンはさきほどの笑いを引きずっているのか、薄っすらと口元に笑みを浮かべている。
ミリアも、手を叩いて笑い転げていた。
(何を話しているんだろう)
あんな風に、自分にはリューンを笑わすことはできない。
(私は元々喋れないのだから、誰に対しても一緒のはずだけれど……リューン様を笑わせることができないのが……こんなにも辛い)
ムイは心臓の上で手のひらを握り、拳にした。そして、トントンと胸を小突く。その間も笑い声は、続いている。
(とにかく、帰らなくちゃ。この場にいたくない)
踵を返そうとした時。
「おーい、ムイー」
声が聞こえると同時に、アランがこちらに向かって小走りで走ってくる姿が見えた。アランはムイの前まで来ると、息を整えてから、話し掛けた。
「ムイ、なんか買い物?」
中の様子を気にしながら、ムイは頷いた。
頷いてから、買い物なら中に入らないといけないと気付いて、慌てて顔を横に振る。
「ん、なになに? まあ、いいや。俺も買い物なんだ。付き合ってよ」
(あ、)
肩を抱かれて、店内へと促される。
「あっらー、いらっしゃいー」
リューンがいると知ったからだろう。途端にアランの顔が曇る。こんにちはとぶっきらぼうに挨拶をして、ムイの肩を離した。
「あんたたち、本当に仲がいいわねえ。いつも一緒じゃない」
ムイは、顔色を変えた。
(アランとは時々、休憩が重なるだけで、いつも一緒に来るわけじゃないのに)
心の中でそう思ったが、言葉は出ない。結果、肯定したことになる。
リューンが、ががっと音をさせて、椅子から立ち上がった。
「なんだ、お前たちも買い物か」
どこを見ているのかわからないような視線で、リューンが言った。
「はい、ムイと使う食器を買いに来ました」
慌てて、アランを見る。顔を横に振ってみたが、アランはじっとリューンを見つめている。
(こんな時、ちゃんと話すことができたら)
焦りの気持ちはどんどんと降り積もっていくが、それを解消する手段をムイはひとつとして持っていない。
「……そうか」
リューンは一言、そう言ってから、それじゃあ先にと言って、店を出ていった。
リューンがムイの横を通った時。
肩と肩が少しだけ触れ合った。
横切る肩の速度を感じると、ムイはリューンに否定されたような気がして、自分の中で悲しみが膨れ上がっていくのを感じた。
呆然と立っていた。
アランが何か言っているようだったが、ムイの胸には届かない。
つと。ミリアの顔を見る。怪訝に思うのと心配顔が混ざり合った複雑な表情で、こちらの様子を窺っている。美人で気立てが良いとの評判で、城の人々の話題にもよく出てくる。
(綺麗で、明るくて、楽しくて、笑わせてくれて、)
自分との違いを感じると、ムイは途端に自分が情けなく思った。結局、便箋を選ぶことはできなかった。
アランの買い物が一通り終わると、ムイは店を出て、とぼとぼと歩き出した。少しの間、アランが横で何かを話していたが、何を言われても悲しみで胸が押しつぶされそうになり、ムイは途中から駆け出した。
「ムイっ、どこに行くんだ?」
いつのまにかアランの姿も見えなくなったが、構わずに走った。城へ向かっているつもりだったが、気がつくと周りは知らない風景。ムイは不安と悲しみに潰されそうになって、その場に座り込んだ。