晴れぬ心
不服な気持ちを押し殺したまま、ローウェンはアランとムイの結婚の準備を進めていった。
もちろん、アランは喜びに喜んだが、ムイは頑固として顔を縦に振らない。
「リューン様のご命令なのですよ」
ローウェンが諭すように言っても、ムイは納得しなかった。ムイは手のひらをぎゅっと握り込んだまま、だんまりを決め込んでいる。
そんなムイの様子を見て、ローウェンはスーツの内ポケットからそっと何かを出した。
その手をムイの前に差し出すと、ムイが目を丸くした。
「これは、あの蓮畑をさらって、見つけたものです。お前が何を見つけたがっていたのか、サラに聞きました。リューン様も知っています。そして、これをあの広い蓮の畑で見つけたのも、何を隠そうリューン様なのです」
ムイの顔がくしゃりと崩れ、震える手で、花の髪飾りを受け取った。
「今回のお前たちの結婚のように、蓮の畑をさらえと、侍従に命令でもなんでもすれば良かったんです。それを、あんな泥だらけになって、ご自分で見つけ出すとは。サラに大体の場所を聞いていたとしても、半日ですよっ。半日もかけて……」
ローウェンは、はあっと大きな溜め息をついてから、愚痴を言うのを止めた。
ムイはその話を聞きながら、花の髪飾りを見た。
泥中にあっても、その輝きは失われていない。
貝殻で作られた虹色は、初めて髪に挿してあったものを手にした時と同じように、ムイには美しい宝石のように思われた。
手の中に包むと、ちかっと痛みがある。その痛みが手に馴染むくらい、ムイはいつもこの髪飾りを握って大切にしていた。
(リューン様は、色々と良くしてくださって、私のことを気に掛けてくれているものだとばかり思っていた)
リューンの辿々しい優しさを、ようやく理解できてきた頃だった。
(しかも、あの時、)
蓮の畑に一番に飛び込んできて、私を抱き上げてくれた。
(お風呂にも同じように……あの初めてお会いした時と同じように、服のまま飛び込んでくれて、)
初めてムイがこの城に来て、あまりのリューンの恐ろしさに粗相をしてしまった時も、汚れるのを気にせずに自分を抱き上げてくれた。
(死なないでくれって言ってくれた、気がするのに、)
意識も遠くに聞いていたので、何を言ったかは定かではないけれど、ムイはリューンの弱々しい声を確かに拾っていた。
(それなのに、アランと……結婚だなんて……)
急に心が重くなった。
(……私、好かれてなかったんだ)
手の中に、辛い時も心を癒してくれた花の髪飾りが戻ったというのに、心は一向に晴れなかった。