花の便箋
「ムイ、起きているか?」
ムイが薄っすらと目を開けたので、リューンはムイの顔を覗き込んだ。
目が合う。
リューンは気恥ずかしくなり視線を一瞬ずらした。けれど、やはりムイが心配になり、覗き込む。
その黒い瞳があちらこちらへと泳いでいる様子がおかしかったのだろうか、ムイが唇だけで弱々しく笑った。
あの蓮の畑の件以降、ムイはずっと高熱を出して眠り続けていた。熱がようやく下がり平熱に戻った時、リューンは心から安堵した。
ムイが頭を起こそうとするので、リューンは「起き上がらなくていい。寝ていなさい」と、手で制する。
「これを、お前に、」
枕元に置いたのは、小さな花柄の、封筒と便箋。
実はこの便箋は、随分前に城の外のミリアの店で買ってあったものだった。
ムイが手紙を書きたがっているとローウェンに聞いてからすぐに、ミリアの店に行って、これを選んだ。
「お花が、好きなのね?」
「ん、ああ。時々、髪に挿しているんだ」
「ふふ、可愛いお嬢さんだこと。あの、サラって子よりは、全然良さそうね」
「はは、そうだな」
ミリアには頭が上がらないな、そう言ってリューンは苦笑した。侍女のサラに本気になられ、どうしたものかと頭を抱えていた時、実はミリアに恋人になったふりをしてもらい、助けてもらった経緯がある。
「その子に手伝ってもらって、リューン様にはもうちょっと、女を見る目ってのを養ってもらわなきゃ」
「優しくて、とてもいい子だよ」
「うわあ、照れてるリューン様っ、レアものだよっ」
「照れているんじゃないよ、まったく……でも、いいんだ。これ以上、女を見る目は必要ない」
「あらあら。ではどうぞ、またサラのような女に引っかかってくださいませ」
「お前はいつも俺に対して手厳しいな」
花柄の便箋を取り上げる。お揃いの封筒も一緒に、ミリアに差し出した。
「好いている男がいるんだ。きっと、この便箋でその男に、恋文を書くんだろうと思う」
受け取ろうとしたミリアの手が止まった。
「そんな橋渡しみたいなことして、いいんですか?」
リューンは苦く笑った。
「いいんだよ、でもいざとなると、渡せないかもしれないな。俺は本当に、心の狭い意気地のない男だから」
そして、それから長い間、包み紙に包まれていたままだった封筒と便箋。ずっとムイに渡すことができず、引き出しの奥に入れられていたことを思うと、苦味や失笑しか上がってこない。
リューンはもう一つ、ミリアに選んでもらったクリスタルのデザインのペンを置くと、ムイの顔を覗き込んでから笑った。
「これで思う存分、手紙を書くがいい。お前の字は、まだ上手ではないが、心がこもっていて、」
言葉が途切れた。
(お前の気持ちが、アランにも伝わるだろう)
胸が。
押しつぶされるように痛んだ。
それでも。
ムイが怪訝な顔をしたのを見て、なるべく明るく言った。
「アランを呼ぼう、あいつもお前を心配しているからな」
アラン、ここへ来るがいい、そう声に出すと、ムイがじっと見ていることに気がついて、視線を外す。
「これが『名を握る領主』の由来だよ。アランはじきに来る。安心しろ」
胸がさらに、痛んだ。