すれ違う
「どうして、渡さなかったのですか?」
ローウェンが、詰問調に訊いた。
それでも開いていた本は閉じはしない。勉強の手を止めるわけではないと態度に表しながら、横目できつく問うた。
ムイは俯き、机の前に教科書を開いたまま、固まってしまったように動かない。
「マリアから聞いています。マドレーヌをなぜ、リューン様に渡さなかったのですか?」
表情を変えないムイを諦めて、教科書のページを次へとめくる。
「……まあいいでしょう、ここから始めなさい」
ムイはローウェンの指先にある文章を、そろりとノートに書き始めた。
その時、ローウェンの視線が留まった。ノートの端に、破り取ったような跡がある。
(……とにかく、せっかく作ったというマドレーヌをどうして渡さなかったのか、それが理解不能だな)
実のところローウェンは、ついさきほどマリアから聞いていたことを、何の気なしにリューンとの話題にしてしまったのだ。
「ムイのマドレーヌは上手にできていましたか?」
「ん、いや。そうだな、どうだろう」
ぼうっとしているようだった。リューンのその尻切れとんぼのような返事を飲み込むことができず、ローウェンが再度、訊いた。
「美味しかったですか?」
ローウェンの厳しい追跡を振り切ることはできないだろうと苦笑しながら、リューンが重い口を開いた。
「いや、もらわなかったのだ。途中で、我にでも返ったのだろう。くれるのを、やめたらしい」
「? ……そんなはずは」
ローウェンは怪訝に思った。マリアやソルベに訊いた事実と違っているではないか、と。あのフィナンシェ係のトマスでさえ、ムイが嬉しそうに喜んで作っていたと言っていたはずだが。
「別にいいんだ、ローウェン。心変わりでもしたのだろう。ムイを責めるなよ」
ぼうっとしながらも、リューンが何かを指でなぞっていることに、ローウェンは気がついた。机の上に置いたリューンの指先には、小さく折られた白い紙が見える。
それを大事そうに。
指先で撫でている。
(ああ。それが、これか)
目の前で教科書の文章をノートに書き写すムイを見て、そのノートの破れた部分に納得がいった。
(どうして、渡さなかったのか)
何度も気になったが、ローウェンはそれを飲み込んで、授業を続けていった。