堂々巡り
「手紙を書きたい相手、か」
相手はもちろん、分かり切っている。けれど、それを否定するかのように首を振って、リューンは頭を抱えた。リューンのウェーブのかかった金髪が、ぐしゃりと曲がった。
「親兄弟とか、親戚とか」
それが無駄な想像だと思うと、自分がさらに情けなく感じられる。
(……アランに、決まっている)
それでもその事実。口にはしたくなく、リューンは両手で顔を覆った。すると、溜め息が出てくるのだ。
(好きだとか、そういう類のことを書くのだろうな)
字を覚えさせろと命令したのは自分のはずなのに、俺にその手助けをしろと言うのかと、ローウェンを恨めしく思った。けれど、ムイを他の男には任せたくない。
(アラン一人にさえ、こんなにも嫉妬を覚えるのに)
考えていると、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうで、リューンは髪を掴んでいた両手を乱暴に動かした。
(嫉妬、だと?)
金髪のウェーブのうねり具合が一層酷くなり、もう完全に鳥の巣である。
(こんな思いは初めてだ。サラや侍女たちと付き合っていた時も、こんな気持ちになんて、ならなかった。こんな風に辛く思ったことなどは、一度もなかった)
リューンは、アランがムイから慕われていることを心から羨ましいと思った。その想いすら自分を苦しめているものだということをとてもよく理解していた。
(これが、恋というものなのか。愛しいと思うことが、……)
恋愛に関しては、それなりの経験もあるし、本からも情報を得たりしており、分かっているつもりだった。しかもそれを置いて他に、もう恋愛沙汰など、自分とは縁遠いものだと自分に言い聞かせ、恋することを諦めていたのだ。
(愛しいと思うことが、ここまで辛く苦しいものだとは思いも寄らなかった)
ムイのことを知りたい。会いたい。触れてみたい。抱き締めたら、怖がるだろうか。声を聞いてみたい。本当は、どんな声なのだろう。
「……名前を知りたい。本当の、名前を、」
そこまで言い掛けて、口を噤む。
(いや、真の名前は持っていないのだから、一生その名を呼べるわけがないのだ……くそっ、くそっ)
頭を抱えたまま、肘をデスクに叩きつける。腕にびりっと電気が走ったような痛みがあった。
それに、ムイに名前があったとしても……。俺の奴隷などにはしたくない。
手には入らない。
どれだけ心から愛しいと思っても。
「これからもずっと、俺は独りだ」
リューンは、重苦しい気持ちを抱えたまま、ずぶずぶと底なし沼の中へと沈められていくような感覚に陥りそうになった。
唇を噛んで、耐えた。