情けない男
「最近、勉強がはかどっています」
リューンに報告をする。ここのところ一日の終わり、執事として最後の業務報告を終えてから、ムイの様子を話すのが日課となっている。
「そうか、それは良い傾向だ。それで?」
いつもは何を話しかけても、読みかけの本からは目を離さないリューンだったが、ムイの名前を出すと必ず、顔を上げて次を催促してくる。
ローウェンは心の中で、大きく溜め息を吐くと、そのまま話を続けた。
「随分と、字も書けるようになりました。どうやら、誰かに手紙を書きたいようです」
ぴくっとリューンの身体が揺れた。
「このまま、歴史や数学も教えるのですか?」
「ん、ああ、勿論だ」
「それではいい加減、先生をおつけになってください。私だけでは限界があります」
「ああ、そうだな……い、いや、それは止めておこう。少しずつで良いのだ。たくさん、詰め込みすぎて、ムイが勉強嫌いになっても困るからな」
(まったく、ムイのこととなると……こんなにも情けない男だったか?)
他の男には任せたくないのだろう、ローウェンは呆れて、けれど提言してみる。
「では、リューン様がお教えすれば良いのでは? とにかく私は本当に手一杯で、このままでは通常の業務に差し支えます」
リューンは読みかけであった本を突然、バシンと閉じると、そのまま本を持って、本棚の前へと向かった。
「俺が、ムイに勉強を? それは、その……まあ、それでも良いのだが、」
本をびっしりと詰まっている本棚へと無理矢理、突っ込もうとして、失敗している。
「リューン様、その本は二段下の棚へ戻してくださいますようお願いいたします」
お、おお、と頷きながら、言われた場所に本を戻す。それから、新しい本を選ぼうとして、指でなぞっているが、これにも失敗している。なぜなら、その棚はすでに読破しているものばかりだからだ。
「リューン様がムイに勉強を教えてください。それができないなら、外注の先生を新たにお雇いください」
「だ、だめだ。それは絶対にだめだっ」
「では、リューン様がお願いいたします」
ローウェンは、言い放ってから踵を返すと、まだ本棚の前でうろうろとしているリューンを置いて、部屋から出た。
リューンがムイに惹かれているのは、一目瞭然だ。
それが良いことなのか悪いことなのか、今の時点で判断はつかない。けれど、ムイを洗濯室へと飛ばした後、すぐに料理室へと行って、マリアやソルベたちに、ムイとあの髪飾りについての関係を慌てて釈明をしに行った姿を思い出すと、少しだけ笑いが湧き上がってくるのだった。
(あの、『名を握る領主』がだぞ。ムイに振り回されて、このように右往左往する姿を見られるとは)
ローウェンは笑いを噛み締めながら、長い廊下を歩いていった。