サラという存在
「ムイ、なんだい、妙に機嫌が良いじゃないか」
サラが声を掛けた。
にこっと笑うと、その後ろからも声がした。
「そりゃあ、お給料頂いて大金持ちだもんねー。嬉しいよねえ」
ユリが人懐っこい笑顔で近づいてきて、ムイの手からシーツの端を取り上げると、一緒になってヒモに掛けてくれる。
さり気ない優しさに、ありがとうとムイが表情でお礼を言うと、ユリは笑いながら洗濯室へと入っていった。けれど、サラはその場に留まった。
「ねえ、ムイ。あんた、リューン様に髪飾りをいただいたんだって?」
その言葉で驚いて、ムイは顔を跳ね上げた。
(どうして、それを……)
「だからって、調子に乗るんじゃないよ。リューン様が侍女の私らに、プレゼントをくださるのは、何もあんただけじゃないからね」
サラの顔色が、次第に紅潮していった。饒舌にもなっていく。
「私はねえ、リューン様の恋人だったんだから」
ほらご覧、と胸元を開ける。小さな宝石のついたネックレス。
「これはリューン様に頂いたんだ。リューン様は私を愛してくださっていたんだ。両想いってやつだよ。……でも、あの小汚い店の後家の女に寝取られちまったのさ」
小汚い店と聞いて、城のすぐ近くに小さな商店があるのを思い出した。アランがいつもそこで、肥料を購入していると話していた覚えがある。その商店の主人が数年前に亡くなってからは、その妻が跡を取って切り盛りしているとも。
「あんたに構うのだって、どうせ遊びなんだから、自分だけが特別だなんて思わない方が良いよ」
「サラっ、余計なこと言うんじゃないよ」
干したシーツの間から、懐かしい声がして、ムイは振り向いた。そこには、マリアが立っている。
「けれど、事実じゃないか」
「それは大昔の話だろ。あんたも、いつまでもリューン様にしがみつくのはおやめ。そんなだから、洗濯室に飛ばされたんだろ。男は追いかければ逃げ出すもんさ」
ムイは、マリアを見ると、後ろへと後ずさった。
「とにかく、あんたはムイを見習って、ちゃんと仕事しな。あんたが城ん中ウロウロとリューン様の後をつけて仕事をサボってるってこと、ブロイに言いつけちまうよ」
自分にも他人にも厳しい性格の侍従長の名前が出て、サラは不満顔のまま、洗濯室へと入っていった。
「ムイ」
マリアが悲しそうな顔をして、近づいてくる。
「ムイ、この間はすまなかったね。あの髪飾り、あんたが盗んだものとばかり思い込んじまって。あたしがバカだったよ。本当に悪かった」
マリアはムイの手を取って手を握ると、いつもの温かくて優しいマリアの体温が伝わってきて、じわっと目尻に涙が滲んだ。
(どうして、貰ったって知ってるの?)
その思いが伝わったのか、マリアは先を続けた。
「あんたがそんなことするはずないって、ちょいと考えれば分かることだったのに……あの後、リューン様が直々にいらっしゃってね。事の次第を全部、説明なさっていったよ。リューン様があんたにお母様のお部屋の片付けを頼んだんだ時、あんたが一生懸命に骨を折ってくれたから、そのお礼にと手元にあった髪飾りをあんたにやったんだ、って」
マリアがムイを抱き締めた。
「あああ、あたしらはなんてことをしちまったんだろうね。ソルベもしきりにあんたに悪いことをしちまったって嘆いているよ。許しておくれ、ムイ。あんたを疑ったりして、すまなかったよ」
マリアの言葉に涙が溢れた。
(リューン様が誤解を解いてくださったんだ)
その事実とは異なった説明に、ムイの胸に複雑な気持ちはあったものの、自分のためにわざわざ足を運んで釈明してくれたのだと思うと、嬉しい気持ちの方が大きかった。
「それでね、あんたを料理室に戻そうって、リューン様がお決めになって」
マリアは抱き締めていた両腕を離して、肩を抱いた。
「戻ってきてくれるかい?」
覗き込んでくるマリアの顔は、不安げだ。マリアに笑って欲しいと思ったのもあったが、何よりも自分が盗んだのではないと説明してくれたことが嬉しくて、ムイはこくんと頷いた。
「良かったよ、さっそくソルベに話さなきゃあね」
マリアが意気揚々と去ると、ムイは止めていた手を動かし始めた。洗濯をして清潔になったタオルを、バシッと波打たせてシワを伸ばしてから、ヒモに掛けていく。
サラの言葉も気になったが、料理室に戻れる嬉しさもある。
(それなら、何かリューン様の好物を作ってみようかな)
ムイは、洗濯物を干し終わると、朝から繰り返していた洗濯の、三度目に取り掛かった。




