勘違い
(これは、リューン様の上着……かな)
バラ園を通って戻る時、その小道に落ちている洋服を見つけた。手に取って見ると、そのがっしりとした体躯を物語る、大きな大きな上着だった。
内側を見ると、刺繍で丁寧にイニシャルが施されている。
R・R 。
手触りの良い、美しいビロードの生地の深翠が、白砂で汚れていた。
ムイは、汚れを手で払い、そしてぎゅっと右腕に抱えた。けれど、あまりの大きさに右腕だけでは抱えきれず、さらに左手を添えて、抱え直した。その時、ふわっと何かの匂いがした。
(あ、これ。リューン様の……ベッド、で)
匂いに覚えがあった。ムイの顔が自然と赤らんだ。
(あの時、私が怪我をした時、リューン様はチョコレートをくださった)
実を言うと、アランからの差し入れのアロエの蜂蜜漬けを食べた次の日、リューンが置いていった箱が気になって、手に取って開けてみたのだ。すると、甘く美味しそうな香りが鼻をくすぐってきたため、ムイは初めて目にする黒い物体をひとつ口に入れてみた。
舌の上で溶け始めれば、そこには苦味。うわっと驚いて、口から出してしまったのだ。手の上でどろっと溶けて、形が崩れるのを見ていると、次第に口の中の苦味が甘みに変わっていき、びっくりするくらいの美味となった。
(なにこれ、すごく美味しい)
手の上のチョコレートを、ぺろっと舐めてみる。すぐに甘みはやってきて、脳を満足させていった。
(なんか、元気になりそう)
手の上のチョコレートを食べてしまうと、小箱からさらに取って、口へと入れた。
ひとしきり食べて、箱を半分くらい空にすると、手を洗ってベッドに潜り込んだ。まだ、甘みが口の中に残っていて、幸せな気分で丸くなる。その日はよく眠れたことを覚えている。
(リューン様が、わざわざ買ってきてくださったと、ローウェン様がおっしゃっていた)
ベッドに潜り込んだ時の、リューンの香りをも覚えている。拾った上着からも、同じ匂い。
そして、ムイは気がついた。
(これ、あのブランケットも同じ匂いが……)
寒さで震えている身体を温めてくれた、あの大きなブランケット。
(リューン様がくれたんだ。あの、髪飾りと同じように)
すると、ムイの胸に温かいものが灯った。
(もしかしたら、私の勘違いかもしれない。リューン様は、そんなに怖い人じゃないのかも)
抱きしめていた上着を、ムイは抱え直してから、歩き出した。