バラ園の後ろ姿
「どうして髪飾りなどを? しかも、お母上様のものを……軽率にもほどがありますよ」
ローウェンが側で書類を綴じながら、呆れた声を出した。
「分かっている」
「いっかいの侍女に特別に目をかけるなど。どんな目に遭うか、お分かりになっているはずです」
「それも分かっている」
ローウェンはリューンの手応えのない上の空の応えに、諌めるのは無理と職務を放棄し、失礼いたしますと部屋から出ていった。
その後ろ姿を見送ると、リューンは上着を袖を通さずに肩から羽織って、バルコニーへと出た。そこからは、中庭のバラ園が見渡せる。
「ムイ、か?」
ちょうど、そこに小走りのムイの後ろ姿を見つけると、リューンはバルコニーの手すりを掴んでいた手に力を込めて、少しだけ身を乗り出した。
「相変わらず、お前は軽々と歩くのだな」
その足取りは軽く、その度にワンピースがふわりふわりと膨らんでは揺れる。
白く細い首が、バラのピンクや黄色、葉の緑色にも映えて、それはまるで一枚の絵画のようだった。
後ろ姿が、緑の茂みの中へと吸い込まれていくのを、リューンは首を伸ばして、その後ろ姿をいつまでも目で追った。見えなくなった方向は、いつものガゼボへの道。
小走りなのは、昼の時間の、短く貴重な休憩時間を無駄にしたくないのだろう。
ムイの髪飾りの事件があってから、料理室ではムイが居づらいであろうという配慮から、ローウェンはムイを食器洗いの担当から外し、洗濯担当へと替えていた。
「ローウェン、それはその……あまり良い考えではないと思うのだが……」
反対してはみたが、ローウェンはリューンを一瞥しただけで、すぐにムイの配属をそこへと決めてしまった。
「まさか、侍女のサラの元にやってしまうとは……はああ、ムイにもっと嫌われろと言うことか」
その侍女の名を口にすると、改めて苦い思いが蘇ってきて、リューンは頭を抱えたい気持ちになるのだった。