表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/205

秘める


(アランの差し入れは、手をつけてあるのだな)


ほとんど空になったビンとスプーンが置きっぱなしだ。

ふ、と苦笑する。


(ローウェンは、こういうところには、気が利かぬ)


執事としては完璧なローウェンだが、色恋沙汰にはとんと無遠慮で無頓着、機微の欠片もないという。


つと、ビンの隣に置いてあるチョコレートの小箱の蓋を開けようとして、躊躇した。手が止まる。


(こんな些細なことが、怖いと思うとはな)


ローウェンのことを笑えないと、自分の愚かさにも失笑を重ねた。


昨日、何か食べるものをと思い、城の外へと出た。城のすぐ側に店を構えている未亡人のミリアの店を思い出し、ふらっと近づいた。


「あらあ、領主さまあ、リューンさまですよねえ」


店の中から声を掛けられ、リューンは引き寄せられるようにして、中へ入った。


「久しぶりだな」


迂闊に名前は呼ばないように気をつけている。


握り込む名前は、生まれた時に授けられた真の名前で、姓と名の両方と決まっているので、ミリアと名だけを呼んだだけでは、支配することもない。

この城以外の住人で「名前を握る領主」を恐れないのは、それを分かっていて、長年の付き合いでもあるミリアくらいだろう。


「珍しいこともあるもんだねえ。買い物ってことも、ないだろうし」

「いや、その……買い物だ」


鼻の頭を指先で掻く。


「あらあら、その様子じゃあ、好きな子へのプレゼントって感じですね」


わははと豪快に笑って、ミリアが言った。


「いや、そういうんじゃないんだ。ただ、唇と口の中を怪我をしている者がいて……何か、食べやすいものを、と」

「だからって、リューンさまがわざわざ?」

「ああ、ローウェンも忙しそうだったからな」

「そういうことにしておきましょう」


ミリアが笑って、手元の棚を探る。


「そうだなあ、これなんかどうでしょうか?」


それは、綺麗な小箱に入ったチョコレートだった。


「これなら口に入れやすいし、傷があってもしみないから食べやすいんじゃないかな」

「そうだな」


手に取ると、ムイがチョコレートを食べている姿を想像することができた。


「ごはん食べられなくて、体力も落ちてるでしょ」

「あ、ああ」

「チョコレートなら栄養価も高いし、糖分もあるから、元気出ると思うよ」


買い物などはここ何年かはなかったが、気さくに話してくれるミリアの人柄にも助けられ、代金を払い買ってきた。


(俺のものは、口にしてはくれないだろう)


箱の蓋を開けなくとも、それは分かっていたはずだ。


髪飾りを、自分があげたのだと名乗り出ない自分にも、きっと落胆している。


(いや、落胆なんてものじゃない。怒っているだろうし……恨んでいるのだろうな)


小箱の蓋をそっと指で撫でる。


(俺は、嫌われている)


嫌われている。


認めたくはなかった気持ち。けれど、今回の事件ではそれは浮き彫りとなり、自分自身、もう認めざるを得なかった。


(嫌われている。恐れられているのだ)


ベッドに近づくと、すうすうと寝息を立てて眠っているムイを見る。


(お前は……アランのような優しい男が、好きなんだろうな)


そう思った瞬間、心が冷えていくような気がして、胸が絞られた。


(当たり前だ、俺はお前に酷いことばかり……けれど、)


「……俺を、嫌わないで欲しい」


いつの間に。

そう声に出ていて、自分でもぎょっとした。


踵を返して、慌てて部屋を出る。ドアの前で、高鳴った胸を鎮めるようにして、深く息を吸った。


(なんてことだ、俺はムイに惚れているのか?)


手で口元を覆うと、少しだけ気持ちが落ち着いたような気になる。

けれど、もう……。


(……そうだ。認めたところで、何になる。ムイとはもう、こんなにも絶望的な関係だというのに……俺という人間は本当に……本当に滑稽だな)


ドアに背をもたせかけて両手で顔を覆うと、さらに自分が情けなくなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ