愕然として
「これは私がやったものだ」
そう言いたかった。説明しなければいけない。確かにそう、思ったはずなのに。
けれど。
口から、言葉が出てこなかった。一言も、発せなかった。
リューンは愕然としてしまった。
ムイに目をかけていることを、知られたくないという自分がいることに。
顔面蒼白な様子を見かねたローウェンは、ムイを抱き上げると、足早にリューンの横を通り過ぎ、料理室のドアから廊下に出ながら、声を上げる。
「リューン様、お部屋にお戻りくださいっ‼︎」
だが、返事がない。
振り返って見ると、リューンは固まってしまっていて、その背中がゆらゆらと揺れているのみだ。
「リューン様っ‼︎」
リューンがその声でゆっくりと振り返る。その時にはもう、怒りの表情は欠片も残っていなかった。ただただ、苦痛に歪んだ顔。
「リューン様、お部屋にお戻りください」
強い意志を含め言い聞かせるように、ローウェンは再度、促した。
リューンは、ふらふらと廊下へと出ると、ローウェンの後をついていく。
ローウェンはそのまま、ムイを抱き上げたまま、二階への階段を駆け上がった。もう、リューンがついてきているか、わかってはいない。
けれど、ムイの口元に当てたハンカチが、赤く赤く染まっている。
ローウェンはムイをムイの部屋ではなく、 リューンの寝室へと運んだ。
(きっとそのうち、アランが怒鳴り込んでくる。ここなら、簡単には入ってはこれないだろう)
寝室はプライベートな居室だ。
後ろでドアが、パタンと閉まる音。ムイをベッドにそっと寝かせると、ローウェンは振り返った。
ドアの前で、リューンが放心状態で立っている。
「リューン様、ここに来てハンカチを押さえていてください」
「ろ、ローウェン」
弱々しい声に、ローウェンは、声を上げた。
「それができないなら、桶に水を張ってくださいっ‼︎」
その言葉で、ようやくリューンがふらふらと枕元へ来て、ムイの口元にあてがってあるハンカチを押さえた。大きな手が、ぶるぶると震えている。
ローウェンがベッドを離れて、窓際に置いてある水差しから桶へと水を移す。
背後から、声が聞こえてくるのを、そのままに聞いていた。
「ムイ、ムイ、すまない。俺のせいだ、俺のせいでこんな……許してくれ、ムイ」
ローウェンがタオルを水に濡らし、ムイの頬に当てる。
真っ赤に腫れ上がった顔は見るに耐えなかった。けれど、リューンは決して、目を背けなかった。
ムイの側にひざまずき、そしてムイの名前を何度も何度も繰り返し、呼んだ。