アランの中の火
「お前がアランか」
「はい、初めてお目にかかります」
真っ直ぐに見据えてくる男。リューンは表には出すことはなかったが、その若者の毅然とした態度と厳しい視線を、少々苦々しく思った。
「庭師としての腕はアンドリューのお墨付きがあると聞いている。どこで修行を?」
「父がカリヌ城の庭師をしていたのを、小さい頃から手伝っておりました」
「あそこの城の庭は相当立派だからな。お前とお前の父上の腕も上がったものだろう。だが、どうしてそのまま跡を継がなかった?」
「庭師が、父の他に二人おりまして。その二人に追い出されました」
あまりの正直ぶりにローウェンが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「俺……私には、庭を手入れすることしか能がありませんので、庭師として雇っていただけるのなら、これほど光栄なことはありません」
「アンドリューやローウェンからも聞いているだろうが、それでも名前を差し出せるというのか?」
「それについて、いくつか質問があるのですが」
リューンは、一瞬眉をひそめたが、なんだ言ってみろ、と促した。
「なぜ、名前を差し出さなければならないのでしょうか」
真っ直ぐに見つめてくるそのブルーの瞳には、底知れぬ自信と力強さがある。二十歳だという。
(これが、若さか。恐れなど、微塵も感じない)
きっとローウェンも自分と同じ印象を持っているだろう。リューンは、デスクの上で両手を握りあわせた。
「あなたが名前を握らなければ、この城の人たちは自由だ」
「それができたらとっくの昔にそうしている」
感情を一切交えないリューンの言い方に、アランが少し怯んだ。
「俺はここの領主となった時、父上から引き継ぎ、この力を授かった。が、これを俺自身、どうすることもできないのだ」
「名前を呼ばなければいいのでは?」
リューンは諦めたような深い溜め息を吐いてから、話し始めた。
「昔、何人かの侍従を雇った際、名前を伏せさせたことがある。今のムイのように、俺が呼び名をつけてな」
ムイの名前にアランが反応して顔を上げる。ローウェンはムイのことでアランが余計なことを言うのではないかと、心配した。
「けれど、その偽りの呼び名を呼ぶたびに、侍従は身体を折ってひどく苦しんだ。そんなことが重なり、そのうち重い病になって寝込んでしまい、結局息を引き取ったのだ。俺が呼ぶ名は真の名でなくてはならない。そうでなくては、命に関わってしまうからなのだ」
「そんなことが……」
(体調に何らの変化のないムイの場合は、本当に名前を持っていない、ということなのだろう)
ふん、と自嘲気味に、リューンは笑った。
「とにかく、ここで働くには名前を差し出さなければならない。もう一度、考え直しても良いぞ。お前はまだ若い。これからの人生をここで棒に振らなくてもいい」
「ですが、アンドリューはもう高齢で……」
養子になるくらいに、アランはアンドリューを慕っているのだろう。隣で背中を丸めている高齢のアンドリューをおもんばかった表情を見せた。
血は繋がってはいないがお互いを思いやる親子を見て、リューンは言った。
「いいのだ、庭くらい。荒れ果てたとしてもどうってことはない。お前たちには申し訳ないが、庭なぞ俺にとってはどうでもいいことだ」
「それではだめです。ここの城の庭は素晴らしい。アンドリューの腕もです。未熟ながらもそれを継承していかねばいけないと考えています」
男らしい声だった。その青い瞳が、真っ直ぐを見据えている。
「名前は差し出します。そのつもりでここへ来ました」
リューンは、寂しそうな顔をすると、そうか、と一言だけ言った。
「では、こちらへ」
リューンが立ち上がり、デスクの前へと立ち、そこへアランが跪いた。
「私の名は、アラン=スローンズです」
リューンが手を掲げた。
「アラン=スローンズ」
その名を告げて、手に握り入れる。そして、口元へと持っていき、それを呑み込んだ。ごく、と喉が下がった。
「ここの庭の管理は今後、お前に任せる。アンドリューを補佐しながら、自分の仕事に励むがいい」
「リューン様、お雇いくださって、感謝いたします。それともう一つ、お尋ねしたいことがございます」
ローウェンの嫌な予感が当たった。アラン、と諌める前に、アランは声を張った。
「ムイに辛く当たるのはなぜですか?」
「アランっ」
ローウェンが、アランの腕を引っ張り上げた。そして、そのまま腕を引っ張って、ドアの方へと連れていく。アンドリューもアランの背中を押して、それを手助けした。
「これ以上、ムイに構わないでくださいっ」
振り返りながら、声を上げる。アランが部屋を出て、扉が閉まる間際まで、アランの声が部屋に響いた。