表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/205

アランの中の火


「お前がアランか」

「はい、初めてお目にかかります」


真っ直ぐに見据えてくる男。リューンは表には出すことはなかったが、その若者の毅然とした態度と厳しい視線を、少々苦々しく思った。


「庭師としての腕はアンドリューのお墨付きがあると聞いている。どこで修行を?」

「父がカリヌ城の庭師をしていたのを、小さい頃から手伝っておりました」

「あそこの城の庭は相当立派だからな。お前とお前の父上の腕も上がったものだろう。だが、どうしてそのまま跡を継がなかった?」

「庭師が、父の他に二人おりまして。その二人に追い出されました」


あまりの正直ぶりにローウェンが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。


「俺……私には、庭を手入れすることしか能がありませんので、庭師として雇っていただけるのなら、これほど光栄なことはありません」

「アンドリューやローウェンからも聞いているだろうが、それでも名前を差し出せるというのか?」

「それについて、いくつか質問があるのですが」


リューンは、一瞬眉をひそめたが、なんだ言ってみろ、と促した。


「なぜ、名前を差し出さなければならないのでしょうか」


真っ直ぐに見つめてくるそのブルーの瞳には、底知れぬ自信と力強さがある。二十歳だという。

(これが、若さか。恐れなど、微塵も感じない)


きっとローウェンも自分と同じ印象を持っているだろう。リューンは、デスクの上で両手を握りあわせた。


「あなたが名前を握らなければ、この城の人たちは自由だ」

「それができたらとっくの昔にそうしている」


感情を一切交えないリューンの言い方に、アランが少し怯んだ。


「俺はここの領主となった時、父上から引き継ぎ、この力を授かった。が、これを俺自身、どうすることもできないのだ」

「名前を呼ばなければいいのでは?」


リューンは諦めたような深い溜め息を吐いてから、話し始めた。


「昔、何人かの侍従を雇った際、名前を伏せさせたことがある。今のムイのように、俺が呼び名をつけてな」


ムイの名前にアランが反応して顔を上げる。ローウェンはムイのことでアランが余計なことを言うのではないかと、心配した。


「けれど、その偽りの呼び名を呼ぶたびに、侍従は身体を折ってひどく苦しんだ。そんなことが重なり、そのうち重い病になって寝込んでしまい、結局息を引き取ったのだ。俺が呼ぶ名は真の名でなくてはならない。そうでなくては、命に関わってしまうからなのだ」

「そんなことが……」


(体調に何らの変化のないムイの場合は、本当に名前を持っていない、ということなのだろう)

ふん、と自嘲気味に、リューンは笑った。


「とにかく、ここで働くには名前を差し出さなければならない。もう一度、考え直しても良いぞ。お前はまだ若い。これからの人生をここで棒に振らなくてもいい」


「ですが、アンドリューはもう高齢で……」


養子になるくらいに、アランはアンドリューを慕っているのだろう。隣で背中を丸めている高齢のアンドリューをおもんばかった表情を見せた。

血は繋がってはいないがお互いを思いやる親子を見て、リューンは言った。


「いいのだ、庭くらい。荒れ果てたとしてもどうってことはない。お前たちには申し訳ないが、庭なぞ俺にとってはどうでもいいことだ」

「それではだめです。ここの城の庭は素晴らしい。アンドリューの腕もです。未熟ながらもそれを継承していかねばいけないと考えています」


男らしい声だった。その青い瞳が、真っ直ぐを見据えている。


「名前は差し出します。そのつもりでここへ来ました」


リューンは、寂しそうな顔をすると、そうか、と一言だけ言った。


「では、こちらへ」


リューンが立ち上がり、デスクの前へと立ち、そこへアランが跪いた。


「私の名は、アラン=スローンズです」


リューンが手を掲げた。


「アラン=スローンズ」


その名を告げて、手に握り入れる。そして、口元へと持っていき、それを呑み込んだ。ごく、と喉が下がった。


「ここの庭の管理は今後、お前に任せる。アンドリューを補佐しながら、自分の仕事に励むがいい」


「リューン様、お雇いくださって、感謝いたします。それともう一つ、お尋ねしたいことがございます」


ローウェンの嫌な予感が当たった。アラン、と諌める前に、アランは声を張った。


「ムイに辛く当たるのはなぜですか?」

「アランっ」


ローウェンが、アランの腕を引っ張り上げた。そして、そのまま腕を引っ張って、ドアの方へと連れていく。アンドリューもアランの背中を押して、それを手助けした。


「これ以上、ムイに構わないでくださいっ」


振り返りながら、声を上げる。アランが部屋を出て、扉が閉まる間際まで、アランの声が部屋に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ