花の髪飾り
「ローウェン、ムイを連れてこい」
「かしこまりました」
ローウェンが部屋から出ていくと、リューンは軽く舌打ちをした。
「くそっ、こうでもしなければ、ムイに会えないとは……」
うろうろと部屋を三往復してから、どかっと椅子に座り込んだ。
「名前が分かっていれば……」
そこまで考えて、頭を左右に振る。
「だめだだめだ。今まで散々、人を名前で操ることに、辟易してきたではないかっ」
両手で顔を覆う。
「相手の意思を尊重しなければいけないのだ」
ふうっと息をつく。静かに息を吸って、また細く吐いた。
「そういう時には深呼吸をしなさい、そうすれば気持ちも落ち着いてくるわ」
母親に言われたことを思い出す。
「リューン、人の嫌がるようなことに、この力を決して使わないこと」
美しく優しい母だった。繰り返し、そう言って哀れな息子を諭し続けた。
(何度も道を間違えながら、俺は生きている)
忌まわしい力によってもがき続けてきた人生だったが、ようやく最近になって、諦めがついた。これからの人生は、独りで歩むと決めたのだ。
(そうだ、俺は独りでなくてはいけないのだ)
思いに耽っていると、ドアがトントンとノックされた。
リューンは我に返り、立ち上がってから入れと命ずる。だがしかし、ローウェンが一人、中へと入ってきただけだった。
「……ムイはどうした」
「それがその……ムイを探し出せませんでした」
「お前はいつも逃げられるな」
苦笑したが、ムイの居場所は分かっている。その分まだ、気持ちに余裕はあった。リューンは、ローウェンを帰すと、夜になるまで待って、部屋を抜け出した。
中庭を横切って、ガゼボへと向かう。ランタンの灯りがゆらゆらと揺れて、足元を照らす。
白い東屋が見えてきて、リューンの足取りはなぜか軽くなった。
ローウェンがムイを見つけられないというのに、自分はムイの居場所を知っていることに、優越感すら覚える。
ガゼボに近づいてランタンを掲げる。ムイが横になっている姿がほわっと浮かび上がった。
(やはり、ここか)
足を曲げて、いつものように丸くなっている。耳をすませば、すうすうと寝息が聞こえてくるようで、リューンはしばしムイの寝姿を見ていた。
ふと、ブランケットから伸びている両足に視線がいった。ワンピースとブランケットの隙間から、白い足が見える。その足にはもちろん、包帯が巻かれていた。
(怪我が、酷かったのか)
リューンは、その包帯に、胸が痛むのを感じた。あのように震えて、怖い思いをさせた。そうなのだ、ムイは自分を恐れている。
ムイが顔面蒼白になり、ガタガタと身体を震わすのは、いつも自分の前に出た時なのだ。
(俺が、怖いのだろうな)
更に、胸が痛んだ。そろと静かに、足を運んで、ムイに近づいた。寝顔を見ようと、ランタンを掲げた時。
はっと気がついた。
ムイが何かを握りしめている。
(何を握っている、のだ?)
ムイの手元は薄暗く、リューンはもう少しと近づいて、目を凝らして見た。
(こ、これは)
ムイの握った手から、二本のピンが出ている。
(俺が……俺がやった髪飾り、母上の……髪飾りだ)
ぶわっと何かがせり上がってきて、リューンの身体を震わせた。ランタンを持つ手が微かに震え、カラカラと小さく音を立てた。
(気に入らなかったのかと思ったが……ちゃんと、持っていたのだな)
安堵した。
掲げたランタンの灯で少し眩しいのか、眉根を寄せているムイの寝顔に気づくと、リューンは慌ててランタンをそっと下ろした。