心の中には
ムイは今、名乗り出てくれた兄タジンの家に、父親と一緒に住まわせてもらっている。
城を出たムイを探し出した父リーアムと一緒に、定住の地を探し彷徨っている時に、偶然にもタジンが二人を見つけて、再会となったのだ。
ある程度の畑を持つ兄のお陰で、昔のように貧しくはないし、毎日腹いっぱいにご飯を食べられている。
「ムイの歌声を聞いたことがあるか? それはそれは綺麗な歌声なんだ」
リーアムが得意げに笑う。
「おい、ムイ、聞かせてくれ」
「また今度ね」
「あ、このやろっ。いい加減、そう言ってかわしてばかりじゃないか」
「ふふ、だって恥ずかしいんだもん」
鍋からスープを掬って、タジンに渡す。
「ありがとう。ムイの作るスープは本当に美味しいなあ」
「マリアの、レシピ、よ」
そう言って、口を噤む。
リーアムとタジンが顔を見合わせる。
重くなりそうな空気を感じ取って、ムイは笑い声を上げた。
「兄さんの作る野菜が最高だから、こんなに美味しくなるのよ」
急いで、もう一杯掬ってリーアムに手渡す。
「私、ちょっと薪を持ってくる」
薪の上でゆらゆらと揺れる火が、小さくなっている。
「……ムイ、薪はあと少しでいい。俺も一緒に行く」
タジンが立ち上がり、ムイの後につく。
「兄さん、私一人で大丈夫なのに」
「なんだ、お前は俺を年寄り扱いしたいのか?」
笑いながら外の小屋の扉を開けて、中にある薪を二本取り出して抱える。すると、タジンが後ろから薪を取り上げて言った。
「俺が持つから、お前は扉を閉めてくれ」
タジンが抱え直すと、ムイは扉を閉めて、「一本持つわ」と言った。
「バカ、俺がそんな非力だと思うのか?」
手を伸ばしたムイから、ひょいっと薪を取り上げる。
あはは、と笑うタジンの足が止まった。
「どうしたの?」
道の向こう側に、誰かが立っている。
夕日が落ち、薄暗くなりつつあるこの時間。そのシルエットは、とても大きく見えて、ムイの胸がどっと鳴った。
タジンが無言で立っている。そのタジンの背中から、ムイは道の向こう側へと目を凝らした。
心臓は次第に高鳴っていき息苦しくなる。慌ててムイは、タジンの上着の裾を握った。タジンは、少し後ろを見ただけで、道の向こうの人影から視線を離さない。
けれど、とうとう痺れを切らして、タジンが声を上げた。
「誰だ」