庭師の息子
「なんなんだ、あの男はっ」
リューンがマリアに向かって声を張る。
「アンドリューの息子、アランでございます」
マリアが自分が叱られたかのように、深々と頭を下げる。
「庭師の息子がどうしてこんなところにいるのだ。いや、それよりアンドリューは独身ではないか」
「アンドリューの後継ぎとして見込まれ、養子に入りました。今は、アンドリューの元で修行中の身です」
「なんだと。なぜこの私がその経緯を知らないのだっ」
リューンは胸を大きく膨らました。この城の、いやこの領地の主である自分が、自分の城で雇っている者の把握すらできていない。怒りに情けなさが加わって、リューンを襲った。
「ローウェンかっ‼︎」
足を踏みつけると、割れた皿がさらに砕けた。
「名前を、名前を隠すつもりだったのか‼︎」
マリアが青ざめた顔で言った。
「めっそうもございません。ローウェン様は、まだアランは契約前なので、御目通しは後回しだと仰っておりました。アランはまだここへ来て間もないのでございます」
リューンは、握っていたこぶしにさらに力を込めた。その拍子に、こぶしがぶるっと震える。
「ではなぜ、ムイとあのように……し、親しいのだっ‼︎」
「親しい」という言葉をなぜか使いたくなかった。一瞬、言葉が詰まる。その時、周りで見ている調理人や侍女の姿が、再度目に入ってきた。
皆、一様に固まり、眉をひそめている。
はっとした。
自分が怒りで我を忘れていることに気がついた。
リューンは慌てて、もういい、と吐き捨てると、食堂を後にした。
(なんなんだ、あの男はっ)
食堂を後にしても、胸のうちの不快感は消えなかった。自室に戻ると、ローウェンを呼んで、事の顛末を説明させようと思った。だが、このように煮えくり返った腹のままでは、終始、怒鳴り散らして終わりだと思い、冷静になるため少し時間を置くことにしたのだ。
(くそっ、どうしてムイをさらっていったのだ)
窓を開け放つと、風がふわっと頬を撫でていった。風にすらもう少し落ち着きなさいと言われているようでイラッときたが、深呼吸をして怒りを抑える。
新鮮な空気が肺へと入ってくると、ようやく少しだけ気持ちが収まった。
(……足の怪我は、大丈夫なのだろうか)
細く白い足にべっとりと真っ赤な血がついていた。
(髪飾りは、していなかった……気に入らなかったのだろうか)
リューンは再度、深呼吸をしてから、風が緩やかに入り込む窓を閉めた。