笑ってくれたなら
「ムイ?」
どうした? と訊く前に、ムイの様子が震えとなって、両腕に伝わってくる。
「俺が、……俺が、怖いのか?」
顔を覗き込む。グレーの縁取られた薄翠の瞳が、ゆらゆらと揺れている。
ぎゅっと身体に力が入れたのか、ムイはさらに身を硬くした。
「どうしてだ、なぜなんだ。アランには笑ったではないか。俺にも笑ってくれ、お願いだ、俺を見てくれっ」
ムイの身体をぐるっと回すと、ムイの顔に顔を近づけて、再度唇を合わせようとする。
ぎゅっと閉じた目。力一杯に引き結ばれ、白く浮き上がる唇。弱々しく寄せられる眉根。
「お、俺が怖いのか? これでは俺が……お前に初めて会った時と同じではないか、」
(俺が怖くて、俺から逃げてばかりいた、あの時のように……)
リューンは愕然とした。もう次の言葉は出てこなかった。
身体を離すと、ムイはその場に崩れ落ちた。
滑り落ちた上着をそっとムイの背中にかける。びくっと波打った身体。
そのムイの反応に傷つきながらも、リューンは絞り出すように一言だけ言った。
「……少しだけ、我慢していてくれ」
崩れ落ちたムイを上着ごと抱き上げると、ムイの震えは更に増した。目を瞑って必死に我慢するムイの顔を、リューンは見ることができなかった。
リューンはそのまま部屋へと戻って、ムイをベッドに寝かせてから部屋を出た。
(ああ、……まさか、こんな日が来るなどと)
虚しい心は、沈みゆく夕日と共に、バルコニーに置いてきた。
✳︎✳︎✳︎
「はは、いいんだ。たとえ嫌われていても、俺はムイから離れない」
苦く笑うリューンに代わりの紅茶を注いだローウェンは、呆れた顔をして言った。
「自虐はやめてください。まったくもって面倒くさい」
「そうじゃない、事実だから仕方がない」
「ムイがバラ園にばかり出かけていくから、あなたは腐っているのでしょう」
「ローウェン、お前はいつも厳しいな」
リューンは紅茶を一口含むと、こくと飲んだ。
「国王陛下が、このようなムイはもう必要ではないと、匙を投げてくれたのだ。それでいい、もうこれで十分だ」
視線を流すと、バラ園のバラを摘んでいるムイの姿。アランがバラの棘でムイに傷がつかないようにと、傍で見守っている。
その二人の様子を見て、リューンはふ、と笑った。
「心配するな。もう、嫉妬などという下らない感情は持っていない」
リューンがティーカップを置いて、そして椅子に深く腰掛けた。
「ムイがこうしてこの城で暮らしてくれれば。俺の側で時々、ああやって笑顔を見せてくれれば、それでいいのだ」
ムイが笑いながら、バラに顔を近づけている。
「こうして遠くから見ているだけで……十分だ」
目を細めて、息をついた。
「……十分なんだ」
そんなリューンに呆れたのか、ローウェンはすでに去っていた。